虚馬ダイアリー

「窓の外」のブログ

「ジャングル・ブック」

toshi202016-08-15

原題:The Jungle Book
監督:ジョン・ファヴロー
脚本:ジャスティン・マークス
原作:ラドヤード・キップリング


 本当の闇をあなたは知っていますか。まわりに一切の光がなく、夜目は一切利かず、ただ、漆黒がある。
 文明に生きているとつい忘れがちになるもの。ボクはかつて体験した暗闇は河原でのものだった。一切の電灯がなく、空の星の光は届かず、かすかに遠く光が見えるだけであとは、闇が自分の全身を包み込んでいる。
 そうなると人はぞっとするわけである。一気に五感がうめきをあげる。なにもない闇の中で、自分にとっての救いは遠くに見える「明かり」だけである。人間にとってはまさに、光無き世界は恐怖でしかない。
 なぜそんな事を思い出したかと言えば、本作を見たからである。


 で、その「ジャングル・ブック」。見事である。


 基本的に言うなれば、アニメーションの実写化というものがここまで来たのかという思いを抑えきれずにいる。というよりも俳優だけで、撮影はブルーバック。動物も背景もすべてCGというのが、この映画の宣伝文句でもあって、その字面だけ追うと映画ファンからは反発の声が出てくるのもむべなるかなと思うところである。
 だが。実際見てみて、その映像のすさまじさに吹っ飛ばされた。ここまでやれるのか!という驚きである。一言で言えば、現時点でもっとも芸術的に完成されたCG映像と言って過言ではない。


 「アイアンマン」のジョン・ファブローの演出手腕をもってすれば、ここまでの事が出来るという証左であろう。
 つまりである。作り手の演出のコントロールさえ完璧であるならば。背景がCGだろうが実写だろうが関係ないという事を、この映画は証明してもいる。森の木々の一つ一つが美しく、荒々しい水の流れ、大自然にさらされた山肌、そして、リアルで美しい動物たちの躍動。
 自然の圧倒的なダイナミズムを遺憾なく表現しきった背景映像の迫力は、まさに芸術の域で思わず息を呑む。さらにキャラクターも素晴らしい。とくに大蛇のカーがモーグリ少年を取り込もうとする演出は見事と言っていい。



 そしてなによりも驚くべきは「光と闇」のコントラストである。これがすごい。昼間の森は暖かな光に包まれた柔らかさを醸し出しているが、一転、夜になればそこは漆黒の闇へと変わる。人間というのはそれが怖いから、闇を払う「火」を生み出した。この映画ではそれを「赤い花」と呼んでいる。


 だが、この世界では「赤い花」こそが「恐怖」と「力」の象徴として語られる。


 この映画はウォルト・ディズニーの遺作として知られるアニメーション映画を叩き台にしてはいる。だが、この映画がさらに一歩踏み込んで見せたのは、光と闇の演出により、狼に育てられた少年・モーグリから見た世界は「光があれば闇がある」という世界こそが「当たり前」の世界ということである。文明から離れ、夜は闇が降りる世界。そこで生きてきた少年にとっては人間文明の「明かり」の方が実は「恐怖」の対象と映る。
 その明かりのもとで話す人間達に異様なものに見えつつも、彼は「赤い花」を手に、育ててくれた狼を殺した虎への復讐に走り出す。


 光と闇。そして火。我々が忘れている感覚を呼び覚まし、五感を震わせる映像美と硬軟織り交ぜたエンターテイメントの粋を集めつつ、大自然への敬意を忘れない物語へと昇華した、ジョン・ファブローの見事な職人監督ぶりを再確認する逸品である。老若男女を問わない間口の広さを持ちつつ、頭からしっぽまで身がたっぷり詰まった極上娯楽映画である。大好き。(★★★★☆)


追記。
あと、個人的には吹き替え版より字幕版をオススメする。日本語吹き替えキャストが悪いとは言わないが、オリジナルキャストが素晴らしすぎる。