虚馬ダイアリー

「窓の外」のブログ

「日本で一番悪い奴ら」

toshi202016-07-02

監督・脚本:白石和彌


 私は基本的に怠惰でだらだらした不真面目な男である。


 怠惰というのは悪である。この国にはある種そういうのを嫌う空気がある。隙あらば仕事をし、寸暇を惜しんで働き続ける者ほど美しい。勤勉なものほど、称揚される人間達はいない。そこまでしないとこの国は動かないわけではあるまいに、なんでかみんな余裕がない。
 その反動だろうか。国民的アニメの主人公と呼ばれる人間はおどろくほど怠惰な人間が多い。「ドラえもん」ののび太、「おばけのQ太郎」のQ太郎、「ちびまる子ちゃん」のまる子、そして「こちら葛飾区亀有公園前派出所」の両さんなどである。
 基本的になにもしたくない、人間、できることなら仕事なんぞ適当にやって適当に遊ぶ方でいいに決まってる。寝たり、趣味に没頭したりしていたい。一日中空をながめて暮らすんでもいい。などということは日本人は許してくれないがゆえに、その「怠惰さ」をフィクションの主人公に託しているのかもしらぬ。



 さて、「日本で一番悪い奴ら」である。
 本作は「凶悪」で映画ファンを震え上がらせた白石和彌監督の新作である。


 この映画の主人公、諸星要一(綾野剛)は柔道が強いという理由だけで北海道県警に引き抜かれた男である。彼は北海道県警柔道部を日本一に導いた男として語られる。
 その冒頭を見ていて思い出したのがこち亀両さんが警官になった理由である。


 「こち亀」の69巻「両さんメモリアル」の回。いわゆる伝説の「ニセ最終回」の話であるが、そこで両さんの入った理由が「柔道で鍛え直してもらうために警察に行ったらめちゃめちゃ強かったので、スカウトされた」であり、まったく入った理由が同じである。
 しかし、その後「こち亀」の両さんは隙あらば趣味やギャンブルにいそしむ不良警官として派出所勤務を満喫することになるわけである。


 諸星要一という男はどうか。


 この映画は彼が、真面目な警官だった男が少しずつ悪徳刑事として転落していく物語として描かれている。裏社会にいる子飼いの仲間を作り、彼ら「S」を使って裏情報を手に入れ、それを元に大手柄を立て、立身出世を狙う。入った当初はアゴ足で使われるだけだった諸星は、捜査課でブイブイ言わせてる先輩・村井の薫陶を受けて以降、そのやり方を愚直にやり続け、北海道県警でのし上がっていく一方、暴力団関係者とずぶずぶになりながら、次第に裏金づくりのために悪事にも手を染めていくことになる。
 「点数さえ上げればそれが強いては警察のためになり、ひいては「公共の安全を守り市民を犯罪から保護する」ことになる」というロジックと、この裏社会に顔が利く警官ゆえにちやほやされるという「成功体験」は彼を「悪徳警官」への道を邁進させることになる。
 この映画は諸星要一という男と仲間になる、暴力団幹部・黒岩(中村獅童)、山辺(YOUNG DAIS)ラシード(植野行雄)らとの奇妙な絆と、やや過剰な演出とともにハイテンションで描いている。


 諸星要一という男はどういう男か。一言で言えば真面目で勤勉だ。彼は裏社会に顔が利くようになってからもだらだらとしてはいない。「いいこともわるいことも」どんなことでも愚直に真面目にやる。
 だからこそ彼は裏社会の「S」たちからも一目置かれ、信頼され、やがて家族のような関係性にまで陥ることになる。真面目に頑張れば、警官としての数字が上がる。上がれば「公共の安全を守る」ことになるわけだから。
 柔道部を日本一に導くほど有能で、真面目で、礼儀正しく、一度この道と決めたら突き進む。彼は元来、体育会系の美点を煮詰めたような男である。一見、そんな男が「悪徳刑事」に「墜ちて」いく物語に見える。だが本当にそうか?彼は「変わってしまった」のか?


 この映画がコメディとして面白いのは何故かと言えば、悪徳刑事の道をまっすぐに突き進む諸星がすこぶる真面目でそして本気だからだ。登場人物達はみな冗談を言うわけではない。それぞれがそれぞれの立場で一生懸命に生きている。だから彼らは熱く「キズナ」のために集い、そして互いを思いやってもいる。
 だが、それゆえにその真面目さは「毒」になっていくのである。ヤクザに顔が利き、いい女を抱き、犯罪にも手を染める。それでも諸星は信じている。俺は「警官のエースになる男だ」と。それゆえに、彼は決してブレない。いいことも悪いことも吸収したことはすぐに覚え、実践するのである。一言で言えばまっさらな白紙のような男であり、そしてすこぶる有能だ。使える男。


 だから諸星は自分のやっている事が「悪事」だとしてもそれが「恥」であるとは思っていない。「点数」を上げるためだったら何をやってもいい。そう愚直に信じ切ってるわけだから。例え「拳銃を大量に押収するために、大麻の密輸を見逃す」ことも、それは警官として天地神明に誓って恥じることはないわけである。
 だから、この映画は面白い。そして観客に奇妙な共感すら生む。そして「面白うてやがて哀しき」諸星達の「末路」に涙さえ誘われる。


 「悪」とはなんだろうか。ふと考えるわけである。組織が悪い。県警が悪い。諸星が悪い。色々とこの映画を見て思う。
 だが、問題なのは「度が過ぎる真面目さと勤勉さ」なのではないだろうか。この世から悪を根絶する。その思いが人を、組織をあらぬ方向で暴走させる。警察は元来、ただ起こった犯罪に対処すればいいだけの組織であるはずだ。ところが「真面目すぎる」人間が悪と対峙したとき、その悪を「御してやろう」と考えた時に、元来「正義」のはずの組織は歪んでいく。
 諸星はなんら変わってなどいない。こいつはただ、「やり方」を覚えてしまっただけだ。体育会系で、優秀で、有能で、勤勉で、真面目で。ただソレが「悪徳刑事」の一本道だっただけである。


 それゆえにこの映画は、警察史上に大きな汚点となった事件を元にした実話を下敷きにした、ぞっとするような内容であるにも関わらず、滑稽で熱くて笑えて、主人公達の末路に涙する。そんな「笑って泣けるエンターテイメント」、非常に奇妙で優れた娯楽映画になってしまったのである。傑作である。困ったことに、大好き。(★★★★★)