虚馬ダイアリー

「窓の外」のブログ

「哀しき獣」

toshi202012-01-07

原題:黄海
監督・脚本:ナ・ホンジン


 中国自治区に住む朝鮮族タクシードライバーを生業にする男・グナム。借金が膨らみ、返済に汲々し、賭け麻雀で取り戻そうとしてさらに損を重ね、韓国に出稼ぎに行った妻は帰ってこない。老いた母と幼い娘を養うことすらままならない現状に鬱積した憤懣が、ある時雀荘で爆発する。暴れ回るグナムの姿を、1人の男が見つめていた。
 その男は借金取りを通じてグナムを呼び出し、ある依頼をする。「韓国に行って、1人の男を殺して欲しい。そして、そいつの親指を持ってこい。それを果たせば借金地獄から抜け出させてやる。」と。グナムは一晩考えてから、引き受ける。


 一つは母と娘の将来のため。そして、もうひとつは、韓国から戻らない妻の行方を追うために。
 しかし、行き着いた韓国で、グナムはさらなる苦難の道へと引きずりこまれていく。


 いわゆる起死回生を狙う負け組主人公による、巻き込まれ型のバイオレンスアクション映画なのだが、この映画の状況設定や人物の相関関係が一見しただけでは、非常に把握しずらい映画。まずは主人公が、韓国においては「異邦人」であることを理解した上で、主人公・グナムに加え、彼を巻き込む殺人請負の社長、そして別の理由で同じ標的を狙っていた一派、その三すくみで物語は進行する。
 行き違いで同じ標的を狙っていたために、見知らぬ男たちに標的を目の前で殺され、親指を切断して持ち去ろうとしたところを、被害者の妻に見つかり、主人公は警察に追われる羽目になる。そこから始まる暴力の螺旋。出てくる登場人物(警官以外)は拳銃を使わず、手斧や包丁、ハンマーなど刃物や鈍器の痛い系の武器を愛用し、一旦作動してしまったピタゴラ装置のように、死体の山が次々と出来上がっていく。


 主人公が罠にはまって勝手知らない国で逃げ惑う、というシチュエーション自体は面白いのだが、そこから視点が分散するにつれて、物語はむしろご都合主義と予定調和が支配する。言ってみれば死体の山を築くために物語が展開し、陰惨な描写を積み上げていくタイプの。主人公は割とあっさりと窮地を脱していくし、妙に荒事慣れしている感じで、土地勘もないはずなのにとてもスムーズに移動していくわで、とても負け組の異邦人という感じではないのがとにかく気になる。
 そして何より、この映画の最大の「おかしさ」は、警察とは別に主人公を追うことになるふたりの「社長」が、自ら荒事にすすんで関わっていくということだ。とくに、キム・ユンソク演じる殺人請負組織のミョン社長がとにかくすっとぼけた顔して主人公をとことん追い詰め、単身次々と向かってくる相手をぶち殺していく様は、あまりに理不尽なモンスターぶりに笑ってしまう。


 どちらかというと、この映画は主人公よりも、モンスターのように暴れ回るミョン社長のキャラクターが圧倒的で、その分主人公が暴力の果てに見る寂寞とした風景の情感が薄まってしまった感じなのがとにかくもったいない。
 「チェイサー」にあった、脱力してしまうほどの物語の絶望感は、実はあまり感じなかった。痛みを伴うアクション演出を施しながらも、荒唐無稽に暴れ回るキャラクターたちのおかげで、物語にひりひりとした「痛み」はなく、どちらというと、ハリウッドアクションを志向したような場面が続くアクション映画になって「しまって」いる。


 映画としては大変楽しく見たのだけれど、どちらかというと、中国からやってきた地下組織のボスが、韓国で暴れ回る姿の方が映画としての求心力の中心になっていて、そこから生み出される「惨状」こそがこの映画の真の「キモ」のようにすら思えてしまったのでした。そこがこの映画の魅力でもあり、欠落でもあると思いました。(★★★☆)