虚馬ダイアリー

「窓の外」のブログ

「バクマン。」

toshi202015-10-11

脚本・監督 :大根仁
原作 :大場つぐみ/小畑健



 お。と思った。


バクマン。 1 (ジャンプコミックス)

バクマン。 1 (ジャンプコミックス)


 「バクマン。」の原作は、「DEATH NOTE」で一世を風靡した大場つぐみ+小畑健コンビの2作目となる大ヒットコミックである。サイコーこと真城最高佐藤健)とシュージンこと高木秋人神木隆之介)の二人の高校生漫画家が、天才高校生漫画家・新妻エイジ染谷将太)ら、様々なライバルたちと切磋琢磨しながら、週刊少年ジャンプ人気1位を目指し奮闘する話。なんだけど。


 原作のいびつさは、作者達が体験的に知っているリアルなアンケート至上主義の世界というものを、言わば「この主人公達の自己実現のための唯一の正解」としてドラマを展開している点にある。世界には他にも様々な「媒体」があり、その中で切磋琢磨する様々な漫画家たちがいる。だが、「ジャンプは日本で一番売れている」。だから「ジャンプで一番を取る」ということは、「漫画界で一番を取ること」という論法へとつながっている。一言で言えば詭弁だ。
 もちろん作者達は百も承知ではあろう。原作の大場つぐみは元々、漫画家としてガモウひろし名義で「とっても!ラッキーマン」で一世を風靡したことがあり、「DEATH NOTE」で再び原作としてその世界に帰ってきたことで、体験的なことを生かした漫画として「バクマン。」を描いたことは間違いが無い。
 「バクマン。」の特異性というのは「描きたいものがあるから描く」というタイプの漫画家像ではなく、漫画を描くことによって戦いに勝つという、漫画家を「ファイター」に見立てて漫画を「対決」のリングとして描いていることにある。「夢」を叶えるための自己実現のための一本道と規定される。


 「バクマン。」という漫画が割り切っているのは漫画家の情緒よりも、自分たちに合った「読者にウケる漫画」を描くことがすべてにおいて優先される。


 俺がジャンプを毎週欠かさず全作品に目を通していた頃、「バクマン。」はなんでか苦手なタイプの作品だったのは、その辺も大いに関係してるかもしれない。漫画家漫画って基本的に読めば面白いと思うタイプの私が、「バクマン。」には惹かれなかったのは、そういう「ウケる漫画を描けるものが正義」という感覚が本能的に受け付けなかったからなのかもしれない。
 「描きたいものを描いた」ものが「読者にウケる」のではなく、「読者にウケるものを考えて描く!」という思想は基本的にいびつなのである。ジャンプに風穴を開けて来た人たちはウケるために描いていたのか?という本来的な立ち位置にぶつかるわけである。


 俺がね。そんなバクマン。の世界観そのものがひどく苦手だった。つーかね、嫌いだった。
 それでも、この映画版は楽しめたのである。


 大根監督の狙いはなにか、というと、バクマン。を「貴重な十代」の青春を「ジャンプの頂点」になるために捧げた二人の高校生の話に限定してみせたことにあるのではないか、と思う。つまり「青春映画」として回帰する。



 元々の原作にしてからが、「昔なじみの声優志望のスーパー美少女・亜豆美保小松菜奈)が自分を好いていてくれて将来を誓い合う!」なんつー「ありえねーわ。」なドラマ設定で始まるわけなんだが、大根監督はそれを逆手に取って、あこがれていた美少女に好かれていた「奇跡」に立ち会った少年が、元々憧れていた夢に向かって発憤し、「青春」をそれに費やすことになってしまう少年たちのドラマとして設定してみせる。


 幼い頃にジャンプ連載作家の叔父さん川口たろう*1宮藤官九郎)の仕事を目の当たりにするという環境や、漫画家にあこがれを抱いて密かに磨いてきた画力を武器に、ジャンプの頂点を目指すわけである。ま、この時点で相当な漫画エリートであることは間違いが無いわけだが。大体、十代で小畑健の画力を持つ高校生なんて相当な才能に決まっているのである!「とりあえず描く」ことが出来る人間はそれだけで強い。大体の漫画家漫画は、描きたい漫画を描くまでで苦労するからだ。


アオイホノオ(1) (ゲッサン少年サンデーコミックス)

アオイホノオ(1) (ゲッサン少年サンデーコミックス)


 「スーパー美少女」をモノにするために頑張る!という「女性=勝利のトロフィー」的な部分を大根監督は微妙にスライドさせる。夢や自己実現のために、ウケるものを描くために連載を始めた、サイコーとシュージンの戦いは結果的に言えば、連載途中の七転八倒を経て「描きたいものを描く」という形へと昇華していく。描いているフィクションは、いつしか亜豆との現実のドラマとシンクロしてくる。夢を追う美少女は夢のために常に「サイコー」たちの前を行く。彼女を追いかけるサイコーは傷つき倒れ、立ち止まる。だけど、それでも「描きたい物語」がある!その一心で動き出す。
 迫り来る「真の天才」新妻エイジの高く厚い壁!負けて当然!一瞬でもイイ!その壁に風穴を空ける!!その瞬間をつかむためにサイコーたちは完全燃焼する。


 そして、物語は「友情・努力・勝利」のクライマックスへとなだれ込んでいくのである。


 本当の「物語」とは。本当の「青春」とは。
 原作の強さに振り回されることなく、原作を読み込みながら見事に換骨奪胎しつつ、大根監督は原作をアップデートする形で、自身が考える、新しい「バクマン。」という物語を紡ぎ出して見せた


 見事である。
 人気漫画の脚色とはかくあるべし!プロフェッショナルの仕事とはこういうことだ!
と、叩きつける、かつての某傑作漫画や傑作映画へのオマージュをも織り込んだ、大根仁監督。これぞ、「プロの仕事」である。人気漫画の見事な実写であるのみならず、青春映画としても十二分に見応えのある快作である。大好き。(★★★★☆)
 

SLAM DUNK 31 (ジャンプコミックス)

SLAM DUNK 31 (ジャンプコミックス)

*1:モデルはガモウひろし先生=大場つぐみ先生であろうことは間違いない。