虚馬ダイアリー

「窓の外」のブログ

「マイ・インターン」

toshi202015-10-20

原題:The Intern
監督・脚本:ナンシー・マイヤーズ



 御年70歳。仕事を引退してからはや数年。妻には先立たれ、子供は独立し家庭を持っている。朝は早起き、7時には喫茶店に行きコーヒー、毎日あらゆる趣味教室に通い、時にはあらゆる場所に旅行に出かけ、身ぎれいでかくしゃくとしているので、同年代の女性にもモテる。充実した日々。
 それでもなお。人生に虚しさが起こる。それはやっぱり、仕事をしていないからだ。
 そんなやもめ老人が新たな就職先として選んだのは、ファッションのネット通販会社であった。今、一部企業では社会貢献の一環で老人の再雇用が進んでいたのであった。
 ネット通販の会社なので、「書類」選考すら「書類一切なし」のネット中心の会社相手に、パソコンに関してはUSB接続も知らない状態から勉強をはじめ、自分のプロフィールをビデオ撮影してYOUTUBEにアップして、メールでURLを貼り付ける。形式は「,MOV」か「.MPG」のみ。
 カメラの前で彼は自分の人生と近況を簡潔に語り、書類選考(?)通過。面接を経て、彼は「インターン」として迎えられる。


 そんな70歳の「見習い社員」ベン(ロバート・デ・ニーロ)が付いた最初の仕事。それはこのネット通販会社を創業し、瞬く間に急成長させた女社長、ジュールズ(アン・ハサウェイ)のサポート役であった。
 持ち物はクラシックな鞄の中に、使い込んだアナログな仕事道具一式、携帯電話はガラケー。そんなベンの新たな「会社生活」が幕を開けた。



 ジュールズの人生は充実している。仕事は順調、夫の間に最愛の一人娘をもうけ、彼は専業主夫で家庭を切り盛りしているから仕事中心の生活にも理解があり、なにより自分のペースで仕事が出来る職場環境を作り上げた。苦労も多いがやりがいもある。
 ただ、急速な周囲の環境の変化に、会社の人間はおろか彼女自身も振り回されているところがあり、それが家庭にも影を差し始めていることに、彼女自身が気づいていた。
 そんな彼女が苦手なのが「老人」だった。母とは今もメールで連絡しているが、仲は険悪と言ってよく、そんな彼女が「老人」であるベンのサポートが入ると聞いた時、拒否反応を示したのも当然であった。長年の経験からよく気がつくベンの行動に感心するものの、他人からプライベートに立ち入られたくないジュールズは、その「利き過ぎる機転」に警戒心を抱き、ベンを異動させるメールを人事担当者に送る。
 だが、しばらくベンと過ごすうちに、ジュールズはベンのサポートが非常に的確であることが見えてくる。そしていつしか、彼に対する信頼感は深いモノになっていく。それは、この会社でベンが最も「オトナ」で「紳士」で「なんでも話せる」存在になっていくからだった。
 一方ベンもこの職場そのものが非常に新鮮であり、なにより若いのに仕事に打ち込むジュールズの姿に感銘を受ける。そして、彼自身も彼女に触発されていくのであった。そんな彼がなぜ、この会社に入ったのか。それは彼がかつて働いていた会社に関係があった。



 この映画が面白いのはまずジャンルとしては「女性映画」であるということ、そしてヒロインであるアン・ハサウェイ自体が人生そこそこうまくいっている、ということである。


 仕事も恋愛・結婚もかなり順調。それでも悩みは常につきない。若いからこそ仕事上の失敗や人間関係の見落としも一杯ある。仕事にかかりきりだと家庭も少しずつきしみだす。だけど、時代と会社の変化は待ってくれない。そんな中で彼女は社外からCEOを招いて、会社と家庭のバランスを取ろうと考えている。


 そういう女性にとって必要なものは、親友でも新たなロマンスでもなく、近すぎず離れすぎず、適度な距離感でつきあえる頼れる「オトナ」の存在であること、である。
 泣いてる時はハンカチをそっと差し出し、人生に疲れた時は心置きなく肩を貸してくれる。そんな存在なのだと。


 若手社員ばかりでベテランがいない職場。そこでリーダーとして導かねばならないジュールズだが、彼女こそ人生を支え、時にやさしく導いてくれる存在が欲しい。



 それは若い男性にも言える事だ。ともに同年代の話のできる仲間とは別に、自分たちが「こうなりたい」という存在が欲しい。ベンは自分のやり方を貫きはするが、決して押しつけない。そして、悩みには的確に「自分の答え」を出してくれる。だから自然と若い社員たちも彼を慕っていくのである。


 もちろんこれはある種の「理想」であり、「おとぎ話」でもある。老人にもいろいろいる。「偏屈」でも「卑屈」でもない、「若い」という理由で「性的」な目で女性を見ない、ベンみたいな「紳士」な存在はまれだ。しかし、だからこそ、せめて映画の中だけでもと思えるのかもしれない。


 この「老人」に絡めた「若い女性にとってのおとぎ話」を、還暦を過ぎて老境に至るナンシー・マイヤーズ監督が撮ったというのが面白い。この「女性」についてのおとぎ話は、「老人」にとってもまた、「若い男女に頼られる」という「老人にとってのおとぎ話」なのかもしれない。


 そんな物語に身を委ねているうちに、心はどこか晴れやかになっていく。見事な語り口で描かれる、ジュールズとベンの関係性とそこから生まれるドラマが心地いい。そんな映画である。大好き。(★★★★)