虚馬ダイアリー

「窓の外」のブログ

「サンドラの週末」

toshi202015-06-13

原題:Deux jours, une nuit
監督:ジャン=ピエール・ダルデンヌ/リュック・ダルデンヌ


 どうしようもなく、落ち込むことが僕にもあって、「しくじった・・・。」と思ったり思わなかったりしながら生きている。心のダメージというものが蓄積され、突然ポキッと折れるような瞬間に立ち会ったことは、人生いくらでもあって、そういうときに自分という人間の弱さに気づかされる。
 そういう経験を経ると、基本的に人には他者の弱さ、意外な脆さに気づかされることも往々にしてある。あんな強いと思っていた人がこんな事で悩んでいたのか、とか、普段柳に風と受け流しているように見える人でも、こんなことで気に病むことがあるのか、とかね。完璧超人な人間などおらんねん、悩んでるのは自分だけでは無い、と気づいてふっと楽になることもある。


藤岡藤巻I(DVD付)

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 こころが落ち込んだときに不意に聞きたくなるのが藤岡藤巻のお二人の唄である。お二人が有名なのは宮崎駿監督の「崖の上のポニョ」で大橋のぞみちゃんの後ろで一緒に主題歌を歌う、人の良さそうなお父さん的存在としてであるが、そもそもお二人は「まりちゃんズ」という結構エグい角度で落とすハードコアなコミックソングを歌ってた人たちなので、「藤岡藤巻」の本来の姿は人のいいおっさんたちなどではない。彼らが描くのは「人生が終わり始めてるおっさん」たちの「歪んだ本音」や「抑圧された叫び」、「人生下り坂のどうしようもない現実」を容赦なく描き出すのである。
 なので、この二人の唄を聞いてると、さらにどうしようなく現実を突きつけられる。笑いつつ、心のどこかがザクザクッとやられるような、そんな絶妙な唄が並ぶ。だけど、下手な癒やしソングなんかよりも、そういう「現実」と向き合いつつ、それを笑うという行為の方が、結果としては心の回復には、結構効くのである。


 で、この映画である。
 この映画の主人公・サンドラが勤めてるのは結構お給料がいい太陽光ソーラーパネルの中堅企業であるらしく、最近アパートもいいところに引っ越した。レストランに勤める旦那の給料はそこまで良くは無く、子供ふたりを抱えて、イイ部屋の家賃を払ってとなると、彼女のお給料が家計の支えだった
 ところが、彼女はそんな職場で頑張るうちに、「うつ病」を発症ししばらく休職していた事が仇となって、週末に突然解雇を言い渡される。アジアのソーラーパネル企業が躍進し始めた影響で会社の業績が悪化しはじめており、誰かを切らねば立ちゆかない状況であるらしく、そこに彼女の休職が重なったことで解雇の対象としてサンドラが浮上してしまったらしい。職場の主任が同僚達の投票で、サンドラの「辞職」と「ボーナス」を天秤にかけて、多くの同僚がサンドラを「退職」させて自分たちが「ボーナス」を得る、という事に賛同したらしい。
 彼女を親身に思う同僚が、社長にサンドラと一緒に直談判をして、月曜日に再度投票して決めるところまでこぎつけた。週末、サンドラは同僚達16人の家を直談判しに回るのだが、そこで出会うのは同僚達の本音や「ボーナス」を必要とするそれぞれの事情が垣間見えてしまう事であった。感受性が強い上に病の影響で薬がないと、落ち込んですぐに泣いて気力をなくしてしまうサンドラは、この「現実」に立ち向かうことが出来るのか。


 「うつ」というのは「心の風邪」と呼ばれるくらい、本来誰にでも懸かりうる病である。彼女の病気は誰にでも起こりうるつまづきだ。彼女自身は非常に心優しい女性であるがゆえに、会社のピンチも同僚の事情も痛いほどわかってしまう。自分の生活の為とは言え、「ボーナスをあきらめて私を復職させてくれ。」という談判を行うことは、彼女にとっては苦行に近い。
 私に本当に味方はいるのか。賛同してくれた人も本当は私を哀れんでいるだけなんじゃないのか。そんな考えが頭をよぎる。感謝と申し訳なさの板挟み。友情と裏切りと罵倒。様々な場面に出くわし、そのストレスに何度もあきらめそうになり、泣き、落ち込み、愚痴り、旦那に八つ当たりをするサンドラ。夫はそんな彼女を懸命に支え、サポートしていく。
 だが、ついに彼女の表面張力ギリギリでこらえていたストレスがついにあふれ出すことになる。



 監督であるダルデンヌ兄弟は、マリオン・コティヤールを依り代にしながら、サンドラの七転八倒する姿を静かに追いかけることになる。しかし、そんな彼女も現実に向き合い続けることで、少しずつ、本来彼女の中に眠るタフさが甦ってくるのである。何度もつまづき、転び、あきらめ、それでも週末に自分の歩ける速度で踏みしめ続けた彼女の歩みは、いつしか彼女の強さになっていく。
 立ち向かわずにふて寝だけして過ごしていて、ただ現実だけを甘受するのか、泣きながらでも自分が出来る戦いをするのか。「心の風邪」は意外と寝ているだけでは直らない。自分の出来る範囲で、現実と向き合うことで、心はより回復することもあるのである。
 こうして迎える決戦は月曜日。彼女の戦いは意外な答えを生む。


 人生転んでも大丈夫。傷ついても歩き続ければ、見えてくることもある。そんな前向きな力強さに満ちた映画である。大好き。(★★★★)



よろけた拍子に立ち上がれ!

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ツレがうつになりまして。 (幻冬舎文庫)

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