虚馬ダイアリー

「窓の外」のブログ

「世界にひとつのプレイブック」

toshi202013-02-24

原題:Silver Linings Playbook
監督・脚本:デビッド・O・ラッセル
原作:マシュー・クイック



 まともな人など、この世にいるのだろうか。



 ボクもまともであると思い込んでいるけれども、ふとしたことで心が落ち込んだり、立ち上がれなくなることがあるし、いらいらしたり、泣いたり笑ったり、突然叫びたくなることがある。その「行きすぎ」をギリギリまで抑えたり、その状態から引き戻す力があるから、僕らは社会生活の範囲内にとどまっているわけであり、その枷が外れてしまえば、僕らは感情を制御できずにとめどなくあふれさせねばならない。
 ぼくらはどこまでも不完全である、という認識がなければ、僕らは差別や偏見から永久に逃れられない。けれど、時に現実はどこまでも過酷でつらくて、目をそらすために差別や偏見に「逃げる」こともある。僕らはすべての現実を直視できるほど、強くはない。


 この映画の主人公・パットは冒頭、精神病院に入っている。
 高校教師だったパットは、妻の不倫現場を目撃して、不倫相手に暴力を振るう事件を起こし、彼は精神病院に入れられていた。裁判所は妻への接近禁止令を出し、妻は家を売り払って出て行き、パットは職を失った。それでも彼は、病院で見た標語「より高く」をモットーに退院後、妻との間に起きた「現実」に目をそらして、妻との復縁と学校への復職を両親の前で誓う。
 だが、彼の心はバランスを失って躁うつ病を患っていた。突然夜中にヘミングウェイの「武器よさらば」を読んで、その結末に怒りだし、ランニングする時は黒いゴミ袋をサウナスーツ代わりに着込む。そして、通院した病院先でスティービー・ワンダーの「マイ・シェリー・アモール(My Cherie Amour)」を聞くと、怒りが収まらない。


 なぜなら、その歌は、彼と妻の結婚式で流した曲であり、妻が不倫現場で流していた曲だったからだ。

 パットは薬物治療はいやだと治療薬を飲まず、状態は一向に改善しない。
 そんなパットが友人のロニーから誘いを受けたディナーの席で、ロニーの義妹・ティファニーと出会う。彼女もまた、事故で夫を失い、その喪失から心を病んでいた経験を持つ。パットとティファニーが最初に盛り上がった話題。それは「精神科の処方薬」についてだった。
 ディナーの後、2人でティファニーの家の前に来たとき、彼女はある提案をする。
 「そこの家の離れが私の家。そこで電気を消してセックスしない?」驚き、結婚を理由に言下に断るパット。そんな彼に、ティファニーは平手打ちを食らわせる。


 それが2人の出会いだった。


 この映画に出てくる人々は、どこかみんなあぶなっかしい。パットはともかく、ティファニーは「夫の死の喪失感を埋めるために、職場の同僚と全員寝て解雇される」という、とんでもない過去を持つ。
 パットの父親はレストランを失業してノミ屋行為で開業資金を稼ごうとするし、やたがゲン担ぎにうるさく、中身がロバート・デ・ニーロなので怒りに火が付くと止まらない。親友のロニーは妻に完全に尻にしかれ、同僚に恵まれず、毎日がプレッシャーに押しつぶされそうになってるという。精神病院で知り合ったダニーはなにかに理由をつけては病院を脱走してパットに会いに来ては、連れ戻されている。


 壊れた主人公、まともでないヒロイン、危なっかしい人々。それは、僕ら人間がいつ陥るかもしらん「危なっかしさ」である。「いや、私はまともだ。こんな風にはならないよ。」という人はいるかもしらない。だったらそれでいい。この人々の「おかしさ」を笑うがいいさ。
 だが、心が壊れかかった、または壊れたことのある人なら、いつの間にかこの映画に登場する人々の言葉に、ある時はその「叫び」にうなずき、ある時は「その痛さ」に過去の傷をうずかせるだろう。そしていつの間にか、彼らに共感していることだろう。


 この映画は、そういう「危なっかしい現代アメリカ人」を戯画化したコメディであり、そして、なんと、堂々たるロマンティックコメディなのである。


 妻との復縁を望むパットはなんとか妻との連絡を取る方法を探してる。そんな時、ティファニーはある提案をする。妻に手紙を書いて渡してもいい。その代わり、セラピーとしてやっている「ダンス」のパートナーになれ、というのである。パットはその提案を渋々呑む。
 だが、練習を続けていくうち、不思議と安らいだ気分になることにパットは気づき始める。そんな時、妻から手紙の返事が返ってきた。手渡された手紙には「復縁するための『サイン』が欲しいわ」と書かれていた。ティファニーは「その『サイン』を見せるためにはダンスが1番よ」という。
 そして、紆余曲折があって、父の開業資金のすべてを賭けた、そして、パットの「ある決意」を秘めたダンス大会の幕が開く。


 まともでなくても恋はする。心が壊れかけても、また光は取り戻せる。
 どんぞこの闇の中で心を壊した主人公が、あらたな人々との出会いから、「人生」を取り戻すまでを描いた、心が不安定になったことのある全ての大人に送る、ロマンティックコメディの傑作。


 もう一度言う。

 ロマンティックコメディの傑作である。(★★★★★)


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