虚馬ダイアリー

「窓の外」のブログ

「あの日のように抱きしめて」

toshi202015-09-01

原題:Phoenix
監督・脚本:クリスティアン・ペッツォルト
原作:ユベール・モンティエ


 「東ベルリンから来た女」で一躍名を馳せたドイツ人監督・クリスティアン・ペッツォルト監督の新作。

 

夜と霧 Blu-ray

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 1945年6月。過酷な強制収容所生活を生き抜き、銃撃によって顔面が破壊されながらも、生還したユダヤ人女性・ネリー(ニーナ・ホス)は、親友のレネ(ニーナ・クンツェドルフ)とともにベルリンに帰還する。声楽家だったネリーはロンドンで活動していたが、夫ともにドイツに戻り、そこで1944年10月に逮捕されたのだった。ネリーの一族は裕福だったが、ホロコーストで全滅し、彼女が財産を受け取ることになっている。
 レネはパレスチナユダヤ人国家建設計画に希望を託していて、ネリーを誘うが、彼女は興味を示さない。ネリーは、夫との再会を信じ、過酷な収容所生活を生き抜いてきたのだ。ネリーが望むのはただ一つ。愛する夫と再会することだった。
 彼女は顔の「再建」手術で元の顔に戻ることを希望する。夫と再会して元の生活に戻って暮らすことが望みのネリーには当然の選択である。医師は「必ずしも元通りにはならない」と念を押すが、それでもネリーの意思は変わらない。
 そんなネリーにレネは親友として忠告する。夫・ジョニーは裏切り者であると。レネは離婚届を盗もうとするジョニーを目撃していたのだった


 だが、そんな忠告を無視し、ネリーは、戦争の傷跡が生々しい夜のベルリンを、夫を探してさまよううち、アメリカ人向けのクラブ「フェニックス」で雑用係をしている夫・ジョニー(ロナルト・ツェフェルト)を発見する。だが、顔が変わってしまったネリーに夫は彼女だと気づかない。それどころか、職探しの女性と勘違いし、なんとなく妻の面影を残すネリーに対し、「妻を演じて欲しい。彼女の財産を山分けしよう」と持ちかけるのであった。ネリーは、驚きながらも、その申し出を受けることにする。


 夫への思いだけが収容所を生き抜く力になったネリーは、夫と一緒にいることだけが幸せに感じられる。彼は自分を「他人」だと思っている。けれど、それはまるで、初めて出会った時のときめきをもう一度感じてもいた。心のどこかでは、「夫は自分を裏切ろうとしている」と感じながら、それでも、彼女は自分に言い聞かせる。夫は、警察に捕まってやむなく自分を差し出さざるを得なかったのだと。
 一方の夫は、まさかネリーが生きて帰るとは思っていない。だが、ネリーが生きていることにすれば、自分には多額の財産が転がり込む。そのためには離婚届をなかったものとし、ネリーを演じる「誰か」と夫婦にならなければならぬという思いがある。そんな妻に似た「他人」と夫婦を演じる計画を進め、妻の服や靴、化粧などを施すうちに、ふっと女が時折「本物のネリー」に見える瞬間があってはっとする。よく考えれば服も、靴も、ぴったりな妻似の女なんてそういるものではないのだが、「そんなわけはない」とジョニーはそれを瞬時に頭で打ち消してしまうのである。


 夫になんとか自分だと気づいて欲しいと思いながら、同時に新たな出会いの喜びにも目覚めるネリー。心にざわざわしたものを感じながらも、「亡き妻」の財産のために偽装夫婦計画を進めていくジョニー。心はすれ違い、されど彼女の思いは消えぬままに、夫との逢瀬を楽しむが、やがて、ネリーにも真実を受け入れざるを得ない時が来る。


 夫の裏切りを知る哀しみ。されど彼への愛は消えない。その時、ネリーはどうするのか。



 やがて、夫の計画通りにネリーとジョニーは、偽りの再会を果たす。だが、その時、ネリーには決断を心に秘めている。その決断が実行に移される。
 消えない愛と、消せない哀しみ。
 その相克の中にいる彼女の行動はまぎれもなく美しく、そして力強い。これしかない、というあまりに美しいラストシーンに思わず、心揺さぶられた。大好き。(★★★★☆)