「みなさん、さようなら」
ボクは「みんな」を守ると決めた。団地に住む「みんな」を。
1981年の小学校の卒業と同時に渡会悟(濱田岳)は団地で生きると決めた。学校にも通わない。だけど、団地に住むクラスメイトの友達は、侵入者の手から断固として守らねばならない。そう決意した。
彼の日常は朝5時に起床してから、忙しい。ラジオ講座を受け、ランニングに筋トレ、中学から帰る友達の帰りを待ち、夕方、団地内の元クラスメートの家を見守る。帰ってきていることを確認し、未知の「襲来者」から友達を守るべく、自己の鍛錬とパトロールの日々を過ごしている。
彼は決して団地の敷地から出ることはない。団地の敷地内で人生を過ごし、団地という「コミュニティ」の中だけで生活し、不良の友人のケンカに助っ人し、敷地内のケーキ屋に就職、幼なじみとの恋愛、かつての同級生との婚約まで「団地内」で成し遂げてしまう。
だが、時代を経るごとに、団地からは「クラスメート」たちは次々と去って行く。悟自身を含めた107人いたクラスメートは次第に団地の「外」へと転居していくのである。友人たちも、幼なじみも、婚約者までも。次々と去って行く中、それでも、彼は日常を変えることはなく、団地の外へと出ることは決してしない。その理由はなんなのか。
団地(だんち)は、生活または産業などに必要とされる各種インフラおよび物流の効率化を図るために、住宅もしくは目的・用途が近似する産業などを集中させた一団の区画もしくは地域、またはそこに立地している建物および建造物を指す。団地の語源は、「一団の土地」または「一団の地域」。
団地 - Wikipedia
かつて、団地は住居スペースだけではなく、その敷地内に商店街を併設し、まるで一つの「町」というコンセプトで、時代の先端であり、みんなのあこがれの住居であり、現代社会の象徴的住宅だった。
ごく普通の少年がなぜ12歳からその「街」だけで生きるようになったのか。彼の18年の年月を追うことで明らかにしていく。
12歳から30歳ちかくまでを、濱田岳の「肉体」を通して演じさせることで、体は「大人」になりながらも小学生の頃から時が止まって「変われない」男の悲哀とおかしみをすくいだしながら、それでも「何か」を「起こす」ことは出来るのだと高らかに歌い上げる仕掛けが秀逸で、あまりにフィクショナルな物語に一本背骨を通している。
1980年代からの団地という「社会」の盛衰と、そこに寄り添って少年期から青年期を生きてきた男の成長を重ね合わせながら、他の「クラスメイト」が成長し、変化し、旅立っていく中で、まるで「座敷わらし」のようにその「町」とどまり続ける男。少年時代からループするように続けてきた「変わらない」日常の積み重ね。
その間にも時代は動き、団地の意味合いは変わってくる。世間にとっての「団地」の意味は、「あこがれの生活」から「老人と在日外国人と貧乏人のための居住区」となっていくのである。
その中で彼はある少女と出会い、友情を育むようになる。しかし、彼女の家庭は、1人の男によって地獄と化していた。彼は、「守るべき対象」を得ることで、再び奮い立つ自分を感じることになる。
「守るべきもの」があること。どんなに時代が移ろうと、それが彼にとっての「団地」の意味だった。しかし、終盤、もっとも大きな「守るべき人」がいなくなるその時、彼はあっさりとその殻から脱していくのである。この映画は普通の少年だった男の子の奇妙な「成長物語」であり、遅咲きの人生を始めるまでの「長い助走」を描いた物語である。(★★★★)
- 作者: 北村薫
- 出版社/メーカー: 新潮社
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