虚馬ダイアリー

「窓の外」のブログ

「青天の霹靂」

toshi202014-05-27

監督・原作:劇団ひとり
脚本:橋部敦子/劇団ひとり


 映画というのは、すべてに目を閉じて見ることはムズカシイ。なんらかのフィルターは入るものである。
 たとえば「ビートたけし」が「北野武」として映画を撮ることも、「ダウンタウン」の松本人志が「松本人志」として映画を撮ることも、である。


 監督名に「劇団ひとり」と入っている以上、観客にはこの映画は「芸人・劇団ひとり」というフィルターがかかる。



 「芸人が映画を撮る」という色眼鏡を如何にして外させるか、というのが、「芸人出身監督」のひとつの分岐点という感じがするのである。 映画監督「北野武」が、芸人「ビートたけし」とは違うベクトルで認識されていったように、それはすごく大事なことだ。
 で。この映画は十分に良く出来ている、と思う。一言で言えばソツがない。過不足がない。余計な演出も足りない演出もない、非常にオーソドックスな映画としてきちんと撮れていると思う。最初は、「芸人が映画を撮る」という色眼鏡を掛けながら見た私も、それを外すのにそれほど躊躇がない感じである。なので、「娯楽映画監督」の新人1作目としても、非常に優等生な部類に入ると思う。


 映画監督「劇団ひとり」とはどういうものであるか。原作・脚本・監督という関わり方をしているのだが、見ていて思うのは、欲をかきすぎない。物語に真摯に向き合う作家であるように感じる。かと言って、観客を決して退屈させないサービス精神を持っている。それは物語から大きく離脱しない形で行われる。
 そのバランス感覚は、なるほど十二分にセンスを感じさせるのである。


 主人公は40手前。人生崖っぷちでも芽が出ないマジシャン。母親は若い頃に父を捨て出奔、男手ひとつで自分を育てた父親とは疎遠に。冴えない毎日、どんづまりで先が見えない日々。そんな時に、失踪していた父親が、ホームレスとして死体で発見され、ついに天涯孤独になった男は、「なんでオレなんか生まれてきたんだ」と慨嘆していたところ、突然昭和48年にタイムスリップしてしまう話。
 面白いな、と思うのは、「オレなんか生きてたってしょうがない」という諦観を持った瞬間に何の前触れもなくタイムスリップが起こる、というところ。たとえば「人生一発当ててやろう」という頃の彼だったなら、おそらくなんらかの未来改変SF的なアクションを起こすところなのだろうが、この映画の主人公は違う。


 そこで暮らしていこう、とするのである。はっきり言って、現在に帰ってもしゃあない。家族も恋人も友人も誰も居ない「現在」に意味を感じていない彼は、「昭和48年」の世界で手品師として、浅草の劇場で働き始めるのである。そこで彼は、ひとりのきれいな女性と出会う。名前を花村悦子(柴咲コウ)という。彼女はマジシャンのアシスタントをしていた女性であったが、突然マジシャンが失踪してしまったのだという。主人公はそのマジシャンの「代役」として舞台に立つことになる。
 しかして、彼女は妊娠しており、その「失踪したマジシャン」というのが誰あろう、主人公の若かりし頃の父親(劇団ひとり)であった、と。劇場支配人の一存で、主人公は父親をパートナーにして、舞台に立つことになる。


 彼は、「若かりし頃の両親」と出会い、日々を過ごしながら、やがて彼は自分の出生にまつわる真実を知ることとなる。



 タイムスリップものでありながら、未来は変えられない。そして、物語はこちらの予想から大きく外れることはない展開をみせるのだが、それでも監督「劇団ひとり」はひとつひとつのシーンを丁寧に撮ることで、物語の要所要所できっちり盛り上げる。
 柴咲コウは非常にキレイに撮れているけれど「平成美人」にしか見えないところや、劇団ひとりが舞台上で演じる「中国人の陳さん」が「劇団ひとりの一キャラクター」に見えてしまうなどの「気になる点」は散見されるのだが、バットを短く持った感じで、小ぶりながらきちんと振り切ってコンスタントに物語の「芯」に当てる演出ぶりは、なるほど「芸人の余芸」ばなれしていて、大変感心するのである。


 この映画の中で主人公は、「昭和48年」世界ではともかく、「現在」の世界で特別幸せになるわけでも不幸になるわけでもない。この先、彼の人生がどう変わるかもわからない。けれど、彼は「大切なコト」をこの映画の中で知り、持ち帰るのである。彼がそれを生かすか殺すか。それはまだわからないまま映画は終わるけれど、その真実は観客である「僕ら」が生まれてきた意味とも密接に関わっている問題でもある。つまり、主人公の未来は僕らの未来とリンクしていると言えるのかもしれない。


 この映画を傑作というつもりはない。だが、非常に明確なビジョンを持ってそれをきちんと具現化してみせた、監督「劇団ひとり」の手腕は、なかなか非凡なものであったな、と思ったのでした。もし次回作があるなら、今度は大きく構えた、特大ホームランを狙ってみて欲しい。好きです。(★★★☆)