虚馬ダイアリー

「窓の外」のブログ

「そこのみにて光輝く」

toshi202014-05-22

監督:呉美保
原作:佐藤泰志
脚本:高田亮


 たった百円いくらのライター1本。そこから始まる物語もある。



 札幌のとあるパチンコ店。いい歳した男が昼間からパチンコを打っている。若い男に火を貸してくれと言われた男は使い捨てライターを丸ごと渡して店を出る。すると若い男は自転車でふらふらと男についてきて、話しかける。そして、家に来いという。誘われるままに着いていくとそこは、海辺にぽつんと立つ貧相なバラックだった。
 若い男の名前は大城拓児(菅田将暉)という。陽気で人なつっこいが、その明るさが妙に浮き立って見えるようなそんな青年。彼は母親に豪気にふるまいながら、家で残りの飯を振る舞う。彼の家族は脳溢血で寝たきりになった父、それを看病する母、そして家を支える姉が1人。


 その男、佐藤達夫綾野剛)はその家で、大城千夏(池脇千鶴)と出会う。
 達夫と千夏は急速に惹かれあっていくが、千夏が抱えている日常は、達夫の想像をはるかに越えた過酷な風景だった。


 最近の若手俳優が凄いな、と思うのは映画で暴力的な役を演じたその後に、するりとNHKのドラマに顔を出したりするような、その柔軟さにあると思う。
 ひとつのイメージに縛られない、というのは重要だけれども、綾野剛大河ドラマでの悲運の美形殿様から、「白ゆき姫殺人事件」のSNSにはまるダメディレクターまで、シームレスに移行できるその柔軟さにびっくりしたりする。二枚目ならば二枚目、というような縛りから解き放たれているという意味では、最近の俳優に求められているのは、するりと場になじんで、「役」を受け入れる対応力というべきものなのかもしれぬ。



 そういう意味では大城択児役の菅田将暉くんにはすごく驚かされる。ついこないだまで朝のテレビ小説「ごちそうさん」で優等生のスポーツマンの好青年を演じていたが、彼の初主演はそもそも田中慎也さん原作の芥川賞受賞作「共喰い」の映画化作品であり、その世界観は陰鬱な性と暴力に満ちた映画でもある。「共喰い」からの朝ドラ「ごちそうさん」、そして本作では前科を持っていて、仮釈放中でその間、千夏が「不倫相手」をしている植木屋で働いている青年を演じている。


 この物語を引っ張っていってるのは菅田くん演じる択児である。
 綾野剛演じる達夫は元々炭鉱で働いていた男で、ある事故がきっかけで長く休職しており、まるでダメというよりも、立ち直るきっかけをつかめないままふらふらしている男で、火野「こころ旅」正平演じる元同僚の男が様子を見に来るとバックレたりする。
 択児はそんな彼に「ライター1本」の借りを返すために家に呼び、姉と出会わせ、やがて、彼は炭鉱の仕事に関わろうとする。彼は言葉に遠慮がないため、姉を悪く言うこともあるが、実は誰よりも、姉の置かれた境遇に心痛めていた。そして、家族のために自分を変えたいと強く願っていた青年である。


 ダメな人間などいない。ただ、変わるきっかけが見つからない。この映画はそんな人間観に貫かれている。人生の泥沼に嵌まってなかなか抜け出せない人間達の、だけど光を求めて彷徨うそれぞれのうごめきをこの映画は活写する。過酷な日常を生きる千夏を演じる池脇千鶴は、人生の泥にまみれながら、時に女神のように美しく見える瞬間があって、見ているこちらをはっとさせる。


 終盤訪れる悲劇はやや定型というか、わかりやすい形に落とし込んでしまったのはやや興ざめの部分ではある。
 ただ。


 息が詰まるような人間関係に首まで浸かり、それでも達夫との愛に目覚め、ちょっとだけ夢を見て、だけどまた谷底に突き落とされる千夏。「底の底」まで落ちて、でも「底」があるならまだ這い上がれる。
 最後に底の闇を照らす一筋の光。それは誰が連れてきたものか。

 それを思う時、択児という青年の「思い」が光となって、ラストシーンの2人を照らしているのだと思ったのでした。(★★★☆)