虚馬ダイアリー

「窓の外」のブログ

「サイボーグでも大丈夫」

toshi202007-10-25

原題:I'm a Cyborg, But That's OK
監督:パク・チャヌク
脚本:チョン・ソギョン、パク・チャヌク



 世の中には。


 ゴミを所有物と称して家にため込む人がいたり、廃材をタワーにして積み上げたり、排泄物を煮たりとか、野良猫を100匹集めて来たりとか、さまざまな変人が、たまーにニュースショーで取り上げられることがあります。
 なんつーのかな。我々からすると、彼らが一種のフリークスに見えて、それをマスコミは住民が困ってるのをいいことに、面白がって撮ってるわけですけどね。私見ですけど、
 でも。その奇異に見える行動の中に理屈はないかのように、我々はつい見がちだけど、彼らには彼らなりのルールなり、考え方の筋道であんなんなっている、ということがよくある。それ自体は彼らの行動からは読み取りづらいし、彼らはそれらが自分の中では自明だから説明もしないんで、見ている方はついそのことを忘れがちなのだけれど。
 まあ、だからこそ、余計にタチが悪いですよね、みたいなね。自戒をこめてね<心当たりあんのか



 という書き出しになったのはですね。この映画を見たからですね。この映画は、そういう人間のるつぼとしての、精神病院を舞台にしたコメディなのです。


 これは楽しい。面白い。何回も見たい。クラクラした。いい。これはいい。ニヤニヤしながら見ちゃった。


 すげえなあ、と思うのは、この映画の精神病患者の描き方で、この映画には我々の一般社会の人間の目から見れば、「狂ってる」人々なんだけど、彼らには彼らなりの「ルール」が自分の中にあって、それをただ披瀝しているだけである。で、精神科医の先生方は別に直そうとはせずに、大きな逸脱さえしなければ放任しているかのような、言わば精神病患者のフリーダム全開の場所として、この映画の舞台である精神病院は存在する。
 別にこの映画は、リアルに精神病患者を描こうとしてるんではなくて、そういう様々なルールを持っている、現代社会の底に溜まった泥のような。「自分勝手な価値観」のるつぼを、この映画は描いていて、彼らは基本、他人のルールや行動を鑑みることはない。


 そんな彼らがわかり合えるのか。


 物語は基本的には価値観と価値観のぶつかり合いとか、理解や反発などの衝突がドラマの起伏を作っていくのだけれど、彼らは基本的には好き勝手に生きている。そこに混乱をもたらすのが「泥棒」の青年。彼は能力や性癖、思考法や感情など、あらゆるものを「盗む」ことができる「能力」を持っている。彼は盗みがやめられない「アンチソーシャル」な病を有しているせいで、その精神病院にいる。
 そのことがフリーダムな世界に一定の混乱を与え続けていて、ルールや価値観の喪失にとまどう人々が常に現れる。彼はそんな他人の混乱を意に介することなく、「盗む」日常を続けている。



 で、ヒロインである。
 彼女はある日、突然自分がサイボーグだと思いこんでしまった少女で、痴呆・・・じゃないや認知症にかかって「白い男たち」に連れ去られたおばあちゃんを救いたいと思っている。彼女は常にエネルギーを電気で取らねばならず、ごはんをたべるとこわれてしまう・・・という設定で生きているので、顔はみるみる生気を失っていく。
 彼女は自分のこころにプロテクトがかかっていることを知っている。「他人への同情心」が「白い男たち」を皆殺しにする行動を妨げている。彼女としては一日も早くサイボーグとして一人前になり、おばあちゃんを救い出さねばならない。
 そこで「盗む」のをやめられない男に、「同情心」を盗んでもらうことにした。


 その同情心によって、青年の変わらない日常に変化が訪れる・・。


 他人の価値観を盗むことで、他人に混乱をもたらしてきた青年が、はじめて盗んだものに「翻弄」されはじめるという、展開におもわず膝を打った。そして、彼女がこころから「同情」を寄せたのが、彼の性で「心のタガ」が外れたサイボーグになったヒロインだった・・・と。
 エネルギー不足(絶食による結果なのだが本人は気づいてない)になってぶっ倒れた少女を救うべく、あの手この手で救い出そうとすることで、この映画を「狂っているのにスウィート」という半ばあり得ない物語にむかっていく。


 彼は自分も狂っているが故に、他人の「価値観」を壊さずに彼女を救う手だてを思いつき、実行していく。
 同情心を手に入れた青年の行動によって、他人に興味を持たないはずの人間達までが、青年とヒロインの一挙手一投足を注視していくというのは、その世界では、それだけでも奇蹟。


 狂った人々の狂った物語は、やがて普遍的な輝きを帯びる。「復讐三部作」で絶望的な人間の暗黒を描いてきた作家の、雲間からふと差し込む光のような、「つかの間の希望」の物語と思いました。大好き。(★★★★)