虚馬ダイアリー

「窓の外」のブログ

「小さいおうち」

toshi202014-01-27

監督・脚本:山田洋次
原作:中島京子



 山田洋次監督の新作は、恋愛に関するミステリである。
 この映画の舞台となる時代は、ちょうど昭和時代の前期。昭和11年から昭和20年の終戦までである。そんな時代のとあるちょっと裕福な家庭のお話であるのだが、さて。


 人と言うのは不思議なもので。


 時というものを色分けして「あんな時代だった。こんな時代だった」と区分けして社会状況を「記憶」している。しかしそれは当時の時代の人からみればそこにあるのは「昨日と変わらぬように見える今日」であり、今の人間と変わらぬ今日を迎えて生きているわけである。
 バブルが弾けてすぐにみんな一斉に貧乏になったわけではなく、高度経済長時代にだって貧困はあったし、公害はあったし、不景気だってあった。明日が見えないのはいつの時代にも変わりはなく、そして人と言うのは明快にすぐに変わるわけではない。昨日今日明日。すぐに時代は移ろわない。ゆっくりそしてすぐには目に見えない形で動いているのが時代というものだ。



 この映画の白眉はなにかというと、戦前昭和10年代の日本が「軍国主義の嵐が吹き荒れ」「人々はいつ招集されるのではないかとおそれおののき」「皆喜んで戦地へ行き、または家族は涙を忍んで送り出していた」という「だけ」の時代であるわけではなく、戦争が始まっていたとしても、人々は別に自分が戦争に巻き込まれて死ぬわけではないと思っていたし、明日には戦争終わってるかもしれない、くらいの楽観すらありながら生きていたということである。軍靴の足音なんか聞こえやしない。ただ、日常が続いていくと信じていた。「戦争で勝利すること」と、現代において「巨人が優勝すること」はほぼ同義で扱われ、戦争は「勝ってすぐに終わらせるべきもの」であった。
 大正から戦時下の昭和に至る狭間にも、一般人が「華やか」に生活していた「今日」もまた、あったのである。「嵐」の日々もあれば、晴れやかな「晴天」の日々も当たり前にあったということである。


 この映画は、平成の「おひとりさま」である老女・タキ(倍賞千恵子)が身の回りの世話をする青年(妻夫木聡)に促され、昭和10年代初頭から第二次大戦終結あたりまでを回想しながら自叙伝を書くという形で、時代の移ろいの中で日常を平穏に暮らしていた一家に起こる、1人の女中が見た「恋愛に関する事件」を描いている。
 松たか子演じる時子は赤煉瓦の白い洋宅に夫や子供と住む奔放な女性で、自由闊達に日々を謳歌している。黒木華演じるタキは山形から上京して、回り回って時子の家に女中として住み込むことになる。時子の夫は玩具メーカーの重役で、会社の業績は良く、生活にも余裕があった。
 そんな平穏な日々に異変が訪れるのは、ある年の正月にひとりの青年がその「小さいおうち」へやってきたことから始まる。
 

 青年は板倉(吉岡秀隆)といい、時子の夫の会社の社員であった。芸術家肌のひょろっとした男であるが、そのようすを時子はいたく気に入る。子供にもやさしく、男どもがする退屈な政治や戦争の話をせず、映画や音楽にも造詣が深いその青年に次第に時子は惹かれていく。
 だが、「終わるべき戦争」は終わらず、戦況は悪化。アメリカとの戦争に突入すると、さすがに時代は平穏さを失っていく。夫の若くて健康な社員はみな兵隊に取られ、若い社員は気管支が弱くて徴兵検査で丙種(身体に欠陥が多く、徴兵可ではあるが適さない)と診断された板倉が残っていたわけであるが、そんな彼に見合い話が持ち出される。
 戦時下で殖産政策(産めよ殖やせよ)が取られていたのもあり、会社としても彼の見合いは急務であったが、板倉は頑なに固持。彼への見合いの説得役に回り回って時子が選ばれてしまう。


 彼が頑なに見合いを固持する理由。それはあまりにも明白であった。あれよあれよと焼けぼっくいに火が付いて、許されざる関係は始まる。


 許されないからこそ燃え上がる2人の関係に、タキは気が気ではない。時子と板倉の関係が露見すれば、この「赤煉瓦の小さいおうち」での生活も終わってしまう。それは、タキにとってそれは「恐怖」である。
 そして、戦況はますます悪化し、板倉に召集令状が下りる。時子と板倉に訪れる別れの時。しかし、それでも、時子は一目板倉に会おうとするのである。その時、タキはある決断をする。


 山田洋次監督作品なので、そこまで直接の描写はないが、だからこそよりセクシャルな映画になっているように思う。裸足を撮ることすら嫌う*1山田洋次監督が、この作品においては明確に性的な形で「素足」を撮っていたりするのは面白い。
 それゆえに、タキの抱える「秘密」はより複雑であり一言では言い表せないものを内包してもいる。「女中」としての自分の中に押しとどめた「秘密」は、平成の彼女の胸を激しく揺さぶる。


 その秘密は明確に語られることはない。だが、最後まで見ると、「あ、なるほど」と思わせる形で収束する。昭和という時代の中では決して表に出すことの出来ぬ秘密を抱えながら、生きた女性の物語である。(★★★★) 


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*1:・・・と「有吉反省会」で前田吟が言ってた。