虚馬ダイアリー

「窓の外」のブログ

「ドラッグ・ウォー/毒戦」

toshi202014-01-30

原題:毒戰
監督:ジョニー・トー
脚本:ワイ・ガーファイ/ヤウ・ナイホイ/ジョニー・トー/リケール・チャン



 シンプルな構造の映画である。
 香港映画の名監督が、舞台を中国に移し、麻薬を撲滅したい麻薬捜査官と、死刑になりたくない麻薬製造に関わった男が、呉越同舟して麻薬組織と相対する物語を紡ぎ上げる。


中華人民共和国における死刑 - Wikipedia

(薬物密輸販売運搬製造罪薬物を密輸、販売、運搬、製造した者のうち
アヘンを1キログラム以上、またはヘロインもしくはメタンフェタミンを50グラム以上、あるいはその他薬物を大量に密輸、販売、運搬、製造した者
薬物を密輸、販売、運搬、製造した集団の首謀者
薬物を密輸、販売、運搬、製造することを警護した者
検査、拘留、逮捕を暴力によって拒み、重大と認められる者
組織的な国際売買活動に関わっていた者
のうち、いずれかに該当する者は15年以上の懲役、無期徒刑または死刑に処した上、財産を没収する。(第347条)


 中国の刑法第347条では「薬物の製造販売流通」に関わった人間はほとんど死刑になる。
 それほどの重罪であらばこそ、抑止できるのではないか、というのは、犯罪心理に疎い人間の浅はかなところで、重罪にしたところで需要と供給、莫大な利益のチャンスがあるのならば、手を出す人間だって現れる。しかもより巧妙に、よりずる賢く。よって、「麻薬を撲滅したい」と願う公安警察の「圧倒的正義」と、「国家の目をかすめて巨万の富と豊かな生活を手にしたい」人々との、まさに生死を賭けた戦いが繰り広げられることになるわけである。


 ルイス・クー演じるテンミンは家族ぐるみでドラッグ製造に関わっており、工場で爆発事故が起こり家族を失い、現場から逃走する途中で衝突事故を起こし、病院へかつぎ込まれる。そして、囮捜査で麻薬密輸集団を一斉検挙したばかりの切れ者の麻薬捜査官・ジャン警部(スン・ホンレイ)から病院で薬物の疑いありとして容疑者認定される。
 ジャン警部はあっという間にテンミンの素性を調べ上げ、彼がドラッグ製造に関わっていることまで突き止める。目覚めたテンミンは病院から逃走を図るが、あっという間にジャン警部に捕らえられ、その事実を突きつけられる。
 観念したテンミンは事実を認めつつ、ジャン警部から提示された減刑のための捜査協力に応じることになる。


 ガチガチの堅物のようでいて、捜査に入ると硬軟使い分ける戦術(モノマネのスキルまで披露!)で、麻薬組織に単身乗り込み、コネクションを築き上げてしまうジャン警部の手腕、保身のために必死に公安に協力しつつもスキあらば警察を出し抜こうとするテンミンとの、危うい協力関係の中で行われる、麻薬組織との壮絶な駆け引きを、大量の登場人物を登場させながら、見事に交通整理させつつ映画としてシンプルにまとめ上げるジョニー・トー監督の圧倒的手腕に唸る。


 麻薬組織の一筋縄ではいかない仕組み、中国麻薬ビジネスが日本を含むアジア近隣諸国へと流れていく現実をつぶさに描きつつ、物語は1人の男の保身から起こる、更なる激戦に向けて動き出す。
 正義感に溢れ、仲間を大切にする麻薬捜査チームの面々、ひとなつっこく人情にあつい性格であるにも関わらず、いざ生き延びるためならば銃器を見事に操り、果敢に戦うろうあの兄弟のキャラクターや、組織の黒幕たちの意外と愛嬌のある面々など、人の善悪を軽やかに超越する個性的な登場人物たちなどの配置も見事なら、その後起こる大銃撃戦のすさまじさたるや。
 まさに「正義」と「欲」「執着」がむき出しの塊となってぶつかり合うその怒濤の戦いがそこにある。


 生きたい!死にたくない!逃げ延びたい!


 1人の男の生への執着によって揺れ動く心が、更なる悲劇を呼び、死体の山が築かれる。
 そしてあまりにドライなラスト。その寂寥感溢れる幕切れに、ジョニー・トー監督の薬物に関わったものたちへの怒りが滲んでいるようにも思えるのである。(★★★★★)


トラフィック [DVD]

トラフィック [DVD]

そして、ひと粒のひかり [DVD]

そして、ひと粒のひかり [DVD]