虚馬ダイアリー

「窓の外」のブログ

「アメリカン・ギャングスター」

toshi202008-02-03

原題:American Gangster
監督:リドリー・スコット
脚本:スティーブン・ザイリアン



 良くできた脚本の良い映画。見る前に俺が期待していたものとはまったく違ったけど(笑)。もっと泥臭い映画かと思ってた。
 実在したマフィアのボスと、一介の刑事という、二人の男によって紡がれる、実録犯罪ドラマである。



 えーさて。



 例えばレストランを立ち上げる時。
 なるべくなら、いいものを安く手に入れたいと、多くの人が願う。資本主義市場が成熟してくると、そこにはなんらかのマージンが発生してくる。流通過程で、支払われるマージンによって、物価は上昇する。
 いいものを安く買うにはどうするべきか。
 それは中間マージンによる値の高騰を避けるために、直接生産者から買い付けることだ。店主自らが赴き、交渉し、材料を直接店に運ぶ。いい材料によるいい料理を安くお客様へ。それが評判を呼べば、それで店は繁盛する。良心的なレストランが成功するには、強い信念と知恵と、それを扱うものの「プライド」が要る。


 質を下げずに安くいいものを消費者へ売る。この映画の主人公もそれを実践したのである。その男はただその信念で、その市場を独占するに至った。徹底した価格破壊。鉄の信念で、業界の常識を変えた風雲児。
 ただ一点、彼が違っていたのは扱う品物。ただの商品ではございません。彼が扱っていた品物は「麻薬」。「純正のヘロイン」でございますよオーッホッホ。



 というわけで。
 主人公・フランク・ルーカスは、かつて60年代にニューヨークで多くのものに慕われたマフィアのボス、バンピー・ジョンソンの運転手を務め、彼から多くの「裏社会で生きる術」を教わり、彼の死後、フランクはより洗練された形で実行していく。
 彼が活躍?した1960年代末から1970年代にかけて、ニューヨークは腐敗していた。悪徳刑事が、押収したヘロインを業者に「環流」してそれを薄めたものを、業者が売る。悪質な麻薬が、高値で売られ、バンピーの死後、「古き良き」秩序は崩壊していた。そこに米軍に蔓延しているヘロインのニュース。ベトナムでは、良質な麻薬が安価で手に入るため、米兵に中毒者が増加している、という話であった。彼はそこから天啓を得る。
 フランクは自らベトナムに乗り込んで地元生産者と契約し、質を下げずにコストカットするために利用したのが、「ベトナム戦争」の米軍輸送機に運ばせる、という、まさにブラックジョークのような手を使う。こうして彼は「ブルー・マジック」というブランドを立ち上げ、莫大な売り上げを得る。既製ものの半額で、効果は倍以上。それによって、消費者の数も膨れあがり市場を拡大させつつそれを独占したフランクは地元に根を張るイタリアン・マフィアも一目置く存在に成長する。
 彼は愛する母や弟たち、さらに自分の親族をニューヨークに呼び寄せる。そして弟や従兄弟といった「ソウルブラザー」たちを「企業」に周辺地域に配置して事業に深く関わらせることで、裏切りもののいない、鉄の組織を生み出していく。こうしてかれは、地味に過ごす一方で、事業はイタリアン・マフィアも巻き込んで、「Kマート並」の全国展開を見せていく。


 彼のそのねじれた「情熱」の根本にはあくまでも「腐敗した奴らへの怒り」から来ていた、というストーリーラインから、もう一人の主人公は、女にはだらしないが、正義感の強い刑事を配置する。
 彼の名はリチャード・ロバーツ。ニューヨークから橋を越えたニュージャージーの警察署に勤めるこの男は、容疑者から押収した「100万ドル」を警察の慣習に逆らって着服しなかったばかりに、彼は仲間からハブられ、相棒も強盗さわぎをしでかした末、麻薬の過剰摂取で死亡する。しかし下半身の方はルーズなため、奥さんに離婚を迫られ、息子の養育権を巡って法廷で争っている真っ最中だったりする。
 それでも彼は、警官としての「プライド」は決して曲げなかった。それを見込んだルー・トバック検事から「麻薬捜査チーム」配属の依頼が舞い込み、彼は承諾する。こうして、彼は自らの正義を共有するものたちとともに、最近蔓延しだした「ブルー・マジック」を仕切る、影の大物を捕らえるべく、動き出す。
 こうして二人の男の運命は徐々に、近づいていく。戦争の終わりとともに、フランクは新規の流通経路を開拓せざるを得なくなる中で、その隙を突かれ、逮捕され、ついにその栄華も潰えたかのようにみえたが・・・・。


 手を汚しているからこそ地味に身ぎれいにすることを忘れない男と、女グセのだらしなさで痛い目を見て自覚しているがゆえに、仕事にプライドを見いだそうとする男。清濁併せ持った男の人生が、やがて「正義と悪」という形で交錯することになるのだが、彼らに共通するのはあくまでも「腐敗したものへの怒り」である。
 「旧弊を廃して新たな秩序を作る」。その信念がやがて、意外な形で響きあうことになるクライマックスは、思わずひざを打つ。「そういうことか!」と。あまりに上手すぎて実話に見えないくらいに。
 というか、あまりに主人公を端正に描きすぎている*1のが、この映画の弱点。良くできた映画なのだが、逆にちょっと「出来すぎ」な感じで、まがりなりにも「実在の犯罪者」を描いた作品が偉人伝にすら見えてしまうのがどうにも腑に落ちないところではあるのだが、娯楽作と考えるならば非常に面白い作品でもありました。(★★★★)


追記:最後に字幕で語られる後日談で、のちに弁護士になったリチャードのニヤリなオチが隠されているので、それもお見逃しなく。

*1:彼を見ていると、なぜかLと対決してた頃の「夜神月」を思い出しちゃう