虚馬ダイアリー

「窓の外」のブログ

「ブリッジ・オブ・スパイ」

toshi202016-01-08

原題:Bridge of Spies
監督:スティーヴン・スピルバーグ
脚本 :マット・チャーマン/イーサン・コーエン/ジョエル・コーエン



 「鏡に映った己」を見る。その行為は年齢を負うごとに残酷になっていくものだ。
 その姿を淡々と見つめ、丹念に自画像を描いていく初老の男。彼は、東西冷戦まっただ中の1950年代のアメリカ、その社会の一角で市井の中に生きながら、淡々と諜報活動を続けていた。その男の名はルドルフ・アベル(マーク・ライアンス)という。



 彼の話だ。
 いやさ、この映画の主人公は、逮捕されたアベルを弁護することになり、やがてアベルと交換することで、ソ連に捕らえられたパイロット、東ドイツで逮捕された学生を救う事になる、アメリカの平凡な一保険弁護士に過ぎないジェームズ・ドノヴァン(トム・ハンクス)であり、彼が結果として活躍する物語だ。
 しかしである。この映画のそもそもの発端は、このルドルフ・アベルの存在なくしてはあり得なかった物語だ。
 国家の任務を負い、しかし、淡々と自らを客観視しながら、市井の中で任務を全うし続けた老スパイは、ジェームズ・ドノヴァンという男に、ある種の深い共感と、弁護士としての矜持を奮い起こさせた。「スパイを死刑にしろ」という世論の中で、ドノヴァンは弁護士という職業人としての良心に忠実に行動する。彼は判事を説得する時に「国に対する保険になる」という言葉で説得し、老スパイを死刑から逃れさせることに成功する。
 平凡を装いながら、淡々と振る舞う諜報部員。平凡ではあるが、着実にキャリアを積み上げてきた職業弁護士。この二人の出会いが、悪化した米ソ関係と、人を救う事になる。
 3年後、ルドルフが「保険」として活かす時がやってきた。1960年の「U-2撃墜事件」である。ソ連に捕まったパイロット・ゲーリーパワーズとルドルフ・アベルを交換する為の交渉役に指名されたのが、アベルの弁護士であったドノヴァンであった。


 平凡さと実直さを武器に生きてきた、善き市民であり続けた弁護士が、国に厳命された使命を帯びて動くこの物語において、一歩間違えばドノヴァンは、浮き足立たせることになっていたかもわからない。だが、アベルという男と出会い、その佇まいにひどく共感を覚えていたからこそ、「国益」という手前勝手な概念に振り回されることなく、ドノヴァンは迷わず自らの良心に寄り添うという矜持を貫くことが出来たのかもわからない。
 自らの良心に忠実な「善き市民」であり続けることは事ほどさように難しい。そうである為には固い信念が要る。自分が自分であること。その優れた雛形が、ドノヴァンにはあった。彼が弁護士として救った男・アベルである。


 東ベルリンで捕虜となった学生。国家が救えと厳命したパイロット。どちらの命を取るか。その二択の中で、ドノヴァンは自らの信念を推し進める。
 世界がイデオロギーで分断されていた特殊な時代に「善き市民」が起こした奇跡は、そんな時代だからこそ邂逅できた二人の男の、奇妙な絆が生み出した奇蹟なのかもわからぬ。この映画には英雄はいない。信念を貫いた「善き」2人の男がいるだけである。だがその事が、なによりも代えがたい縁である。大好き。(★★★★)