虚馬ダイアリー

「窓の外」のブログ

「新しき世界」

toshi202014-02-04

原題 新世界 New World
監督・脚本:パク・フンジョン



 男は、思い返していた。6年前。まだヤクザになって間もなかった頃を。



 「裏切り者」を痛めつけ、そしてセメントを生きたまま体内に流し込みつつ殺し、そして最後には死体を海へと処理する男。韓国最大の犯罪組織、コールド・ムーンに所属し、組織の幹部・チョン・チョン(ファン・ジョンミン)の片腕として、現在は理事にまで上り詰め、頭角を現しつつある。その男の名はイ・ジャソン(イ・ジョンジェ)という。
 コールド・ムーン会長の逮捕のために警察に組織を売った男を亡き者にしたジャソンだったが、会長は証拠不十分で釈放される。だが、しばらくしてのち。会長は愛人宅から帰る途上、信号無視してきたトラックに車ごと巻き込まれ、交通事故死する。


 こうして組織の後継者争いが幕を開ける。後継候補は3人いる。副会長のチャン・スギ(チュエ・イルファ)。韓国華僑として生まれ、中国系マフィアとの取引を得意の中国語を駆使して独占し、発言権を強めつつあるチョン・チョン。亡き会長の右腕として頭角を現した、イ・ジュング(パク・ソンウン)。
 だが、チャン・スギは母体となる組織を壊滅させられ、現在ほぼ引退状態。結果としてチョン・チョンとイ・ジュングの一騎打ちとなる。


 ことここに至り、ジャソンは安堵していた。「会長の逮捕、そして死。」それが起こった暁には、自分に課せられた「任務」は終わりという約束であった。しかし、「連絡役」から「呼び出し」を受けたジャソンは、その約束の主と会う。そして、約束が反故になったことを知る。
 約束の主はカン・ヒョンチョル(チェ・ミンシク)。ソウル警察の警視庁捜査企画課の課長であり、ジャソンに組織に入るように命じた人物であった。ジャソンは、潜入捜査官だったのである。
 カン課長はコールド・ムーンの後継者争いに介入し、新たなる極秘作戦「新世界プロジェクト」のために、同じ華僑系として「ブラザー」と呼ばれるほどにチョン・チョンの信頼を勝ち取ったジャソンに任務続行を強いた。約束を反故にした不信感から激しく反発するジャソンだったが、逆らう術はなく、任務を続行することになる。


 カン課長が言う、「新世界プロジェクト」。それは一体何なのか。



 2000年代初頭、低迷した香港映画を救った傑作「インファナル・アフェア」シリーズからの変奏したような「潜入捜査もの」であるが、ただ設定をいただいたわけではなく、更なる領域へと踏みだし、見事に成功させている。
 その肝はチェ・ミンシク演じるカン課長の暗躍ぶりである。謎の計画「新世界プロジェクト」のもとで、ジャソンの首根っこを豪腕で掴みながら操りつつ、単身ジャソンの上司であるチョン・チョンに接近し、警察の内部資料をちらつかせながら、彼の中に火種を起こしてそれを煽り、さらに対立候補のイ・ジュングにまで寝技を仕掛ける、その圧倒的な黒幕ぶりが、事態をさらに混沌とさせる。


 そんなカン課長に不信感を募らせつつ、彼の起こすマッチポンプな荒波に翻弄されるジェソン。そして、彼自身にも粛清の魔の手が迫る。彼とカン課長の連絡役だった女性がチョン・チョンに捕まったのである。つまり、チョン・チョンは組織の中に裏切り者がいると知っているということである。
 そして、チョン・チョンからジェソンに呼び出しがかかる。かつてないほどの危機に直面するジェソン。彼は生き延びることが出来るのか。


 その危機を越えた先にある、カン課長の真の目的が明らかになる時、ジェソンの運命は大きく激変し、やがて、彼はある重大な決断を下す。人情と任務の狭間に揺れながら、闇より暗いその先へと足を踏み入れていくジェソンの運命を思う時、「新世界プロジェクト」という言葉の重さがのしかかってくる。
 まさにすべてを越えて、「新しき世界」を見る男の物語なのである。傑作。(★★★★★)