虚馬ダイアリー

「窓の外」のブログ

「ばしゃ馬さんとビッグマウス」

toshi202013-11-07

監督:吉田恵輔
脚本:吉田恵輔/仁志原了


ピンポン (3) (Big spirits comics special)

ピンポン (3) (Big spirits comics special)

「飛べない鳥もいる。」(「ピンポンより」)


 「夢を追う」というのはスバらしいこと。
 「夢をあきらめない」という言葉はウツクしいこと。


 その通りである。ただし、勝ち抜ける人々にとっては。
 しかし、夢を追うというのは当然「人生を目減り」させるというリスクを追うわけである。そこに夢を追い、日々努力し、研鑽し、その上でなお、結果という名の芽が出ない人もいるわけである。「私はこんなに努力してるのに」「私はこんなに出来るのに」そう思いながら、そう自分に言い聞かせながら、「この歳までにはこうしていたはず」という理想と、「そうはなってない」現実とが交錯し、気持ちはいよいよふさぎ込む。
 自分をどんなに鼓舞しても、ある一つの「真実」が、ある一つの「結論」が、その人の中で重くのしかかる。


 「才能がない」。


 この映画はそんな女性の話である。馬淵みち代(麻生久美子)。34歳。女性。独身。脚本家・・・志望。シナリオコンクールに何度も送っているが、一次審査の時点で落選の憂き目に遭ってはベッドで哀しい雰囲気の音楽をかけながら泣き、シナリオ志望仲間に愚痴り、そしてまたイチからシナリオスクールに通い直す、というようなループを続けている。
 寄り道せずに夢を追いかけて人生を突っ走ってきたが、いよいよ行き詰まりを感じてもいて、かつて一緒に夢を語り合った(であろう)元俳優志望の元カレは、足を洗って福祉施設介護士として頑張っていたり、若い頃シナリオスクールに通っていた人が第一線で活躍してるのを見上げてもいる。夢をすっぱりあきらめた人。夢を見事叶えた人。そして、夢をあきらめきれない人。
 こんなに努力してるのに。私はいつまで「見上げて」いなければならないのだろう。


 この女性だけだと、いくら演じるのが、麻生久美子であるとはいえ、話にならないので、1人の青年との出会いが物語を動かし始める。


 みち代が通い直したシナリオスクールで、1人の青年がみち代に話しかける男。天童義美(安田章大)。28歳。独身。自称・天才脚本家。とにかく態度がでかい。シナリオスクールでみんなが出す課題作品を酷評し、自分は一本も書き上げた作品を持ってこない。そのくせ、言うことは大言壮語。映画の歴史を変えるだの世界が変わるだの、言うことだけは大きい。
 天童はみち代に好意を持って、合コンに誘ったりするのだが、元々、努力に努力を重ねて芽が出ないみち代にとって、天童の夢だけは大きい口だけ男は嫌いなタイプであるから鼻にも掛けない。そして、その態度に最後にみち子の怒りが爆発。「書いてから言え!書け!見せろ!」と一喝してしまう。
 そして、前からシナリオスクールにやってきた映画監督のアドバイスで、彼女は、元カレの介護士デイケアセンターに、取材を兼ねたボランティアをしに通い始める。


 一方、天童も、馬淵の背中を追っかけるように作品づくりに取り組み始めるのだが、うまくいかない。彼も複雑な家庭に生まれ、「最初の一歩」をなかなか踏むことができずにいる、繊細な若者でもあった。


 惚れた腫れたの物語のようでいて、実はそうではない。曲がり角に立った人々がむしゃらに頑張って報われない人生を、これから先どうするか、という瀬戸際の選択を迫られる話だ。
 そんな痛々しさを感じさせる女を、あえて麻生久美子に演じさせることにこの映画の眼目がある。
 日常において化粧にもファッションにも頓着しない。シナリオに直結しない男との出会いなんかどうでもいい。バイトの最中も、コンパの途中に抜け出して、シナリオひたすら書いてるような、かなり切羽詰まった余裕のなさが画面からにじみ出てくるのだが、それを麻生久美子が演じると、俄然「面白い」キャラクターに変貌する。
 人生に追い詰められ、努力はすべて跳ね返され、泣き、落ち込み、崩れていく麻生久美子。それが、すごく、「可愛く」見えてくるのは映画のマジックである。ここまでリアリズム溢れ、苦しく、痛い話なのに、それが見事に「コメディ」として転化させられているのである。
 全編、麻生久美子の可愛さも堪能できたりするわけである。


 せっかく作ったコネもつぶし、友人の結婚式ではみじめさに打ちのめされ、元カレに見せた作品は、デイケアセンターでの失敗から、怒りにまかせて思わず本音で酷評され、彼女はいよいよ夢を諦めようとする。だが。どうやって夢を諦めたらいいのかわからない。


 そんな時、彼女のところへやって来たのが「ビッグマウス」天童である。カレは、「書け!見せろ!」とみち子にハッパを掛けられた日から、彼は自分を見つめ直し、シナリオを書き始め、そしてコンクールに応募する。彼の作品を読んだみち子は、その意外な出来映えに瞠目した。
 彼ならば、私の夢を継いでくれる。だから。彼女は、もう一度、夢に「見切り」をつけるか「続行するか」の「背水の陣」を敷くことを決意するのである。



 夢を追うのをあきらめるとしても、続けるとしても、自分のすべてを出し切って、決める。


 世代をこえて同じ夢を追う2人が共に高め合い、そして書くことの喜びも悲しみも苦しみも、すべて詰め込んで作品を書き上げる。そんな前向きな物語へと変貌を遂げる。次に続く者へとバトンを渡しながら。
 「青春の終わり」の季節を前向きに描いた秀作であり、麻生久美子の魅力が横溢する映画である。(★★★★)