虚馬ダイアリー

「窓の外」のブログ

「42/世界を変えた男」

toshi202013-11-02

原題:42
監督・脚本:ブライアン・ヘルゲランド


コフィー [DVD]

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甲府い」という落語がある。


 豆腐屋の主人が、店先が騒がしいので行ってみると、店の者が男を殴りつけている。ただごとでないと止めに入ると、店の者が言うには、店先に置いてある卯の花(おから)を、その男が黙って食べてしまったという。事情を聞いてみると、甲州から江戸に出てきた伝吉という男で、出世をしたいと身延山で三年願掛けをして江戸に出てきて、浅草寺に立ち寄ったところで財布をすられ、空腹に耐えかねて、卯の花に手を伸ばしてしまったという。法華信者の豆腐屋は「同じお宗旨の信者」だということで、これも何かの縁だからと、店で使ってやることにする。


 この映画は1940年代にメジャーリーグ初の黒人選手となったジャッキー・ロビンソンの伝記映画なのだが、この映画は、白人と有色人種の「隔離政策」が色濃く残るメジャーリーグに、あえて黒人選手をいれてメジャーリーグをより開かれたものにしようと苦闘する、ドジャースGMブランチ・リッキーが、ドジャース首脳陣の前で「ワシは黒人選手をチームに入れるぞ」と宣言するところから始まる。
 当然、古い慣習の残るメジャーリーグに黒人を入れることに反発の声が上がるのであるが、その言葉をねじ伏せる言葉が、「軍隊では問題なく一緒に戦ったらしいし、何よりアイツはメソジスト派らしい。わし、メソジスト派だし。」という辺りが面白い。『「同じお宗旨」同士、神の前では黒いも白いもない』というねじ伏せ方をするのである。


 この映画は、ブランチ・リッキーが黒人選手を如何にしてプロデュースしたか、という話でもある。「法華信者の豆腐屋」ならぬ「メソジスト派GM」である。
 ジャッキー・ロビンソンは元々隔離政策に怒りを覚えるプライドを持ち、短気な性格で知られた選手である。ブランチ・リッキーがジャッキー・ロビンソンを獲得する際に、彼に言い渡すのは「決して「暴力」で反撃してはならぬ。どんな悪口雑言を投げつけられ、どんな嫌がらせに遭おうとも決して怒ってはならぬ。最高の紳士としてふるまい、そして結果を残せ」という、厳しい条件だった。
 だが、ジャッキーは「僕にユニフォームをくれるなら、実践してみせます。」と二つ返事で入団を決意する。


 この日から、ブランチ・リッキーと陰日向によるサポートを受けながら、ジャッキーはメジャーリーガーへの道を歩み始めた。
 はじめは物珍しさから「希少動物」を見るような目で、遠巻きに様子をみていた白人選手たちだったが、やがて彼が足で投手をかき回し、時にホームランを量産する実力の持ち主だとわかると、その「黒い脅威」への「忌避感」から彼を「排斥」しようとする動きが選手の間から起こり始める。
 人種隔離の慣習が残る世界では、敵は選手だけではない。シャワーは白人選手とは一緒に入れず、彼らが使った後1人入らねばならないし、マスコミも人種差別的な質問を行うし、定宿にしていたホテルの中にはチームごと宿泊拒否するところが現れ、球場ではラフプレイにビーンボール(しかも当時はヘルメットがない)、客席から人種差別的なブーイングとヤジの嵐。客席だけならまだいい。
 だが、監督自らそれを行うチームまで現れる。ジャッキーがそのヤジに翻弄され、凡打を重ねると「能なし」とまでヤジってきて、さすがのジャッキーも怒りを抑えることが出来ず、心折れそうになる。
 そんな時に、ブランチ・リッキー自らがベンチ裏にまでやってきて言う言葉が「キリストも苦難を受けられた。君も聖人になるのだ。」というもので、そんな「聖人レベル」の要求をされて、ジャッキーも思わず「そりゃ無理っす。俺、人間だもの」という反応になるのだが、しかし「宗旨」の話をされて、ブランチ・リッキーが自分に課したものが、その位重いものであることに、「覚悟」を決めていくのである。


 今では「当たり前」のように行われる「人種を越えた紳士のスポーツ」であるが、しかし、その「当たり前」を行うまでの苦闘は、「聖人」クラスの忍耐を要求されるほど、過酷な道であった。
 そんな苦難の道を行くチームメイトを見て、白人選手の中からも、彼の理解者が少しずつ現れ始めるのである。


 これはもう、ほとんど「伝道」である。「黒人選手も実力があればメジャーリーガーになれる」という「当たり前」を伝道する者、としてジャッキーは振る舞い、そして結果を残さねばならなかった。
 「聖人」ならざる男が抱える「怒り」はすべて野球のプレーの中で爆発していき、ジャッキーは、いやさドジャースという「チーム」そのものが、様々な妨害や苦難を越えて、ついにジャッキーはドジャースと契約した2年間で、リーグ優勝へと導くのである。


 ブランチ・リッキーが過去に苦い思いを抱えながら、最後にジャッキーとともにメジャーリーグに残そうとした爪痕は、確かに「世界を変える」戦いである。この映画はブランチ・リッキーとジャッキー・ロビンソンがともに歩んだ2年間に絞り、歴史に残る伝説を打ち立てた者たちの苦闘を、まっすぐに伝えてくれている。(★★★★)

聖☆おにいさん(1) (モーニング KC)

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