虚馬ダイアリー

「窓の外」のブログ

「エリジウム」

toshi202013-09-25

原題:Elysium
監督・脚本:ニール・ブロムカンプ

西遊記

西遊記

生きることの苦しみさえ 消えると言うよ
旅立った人はいるが あまりに遠い
自由なそのガンダーラ 素晴らしいユートピア
心の中に生きる 幻なのか

ゴダイゴガンダーラ」より)


 2154年。大気汚染と人口増加で荒廃した地球。
 天界から放逐された人々が地上に残された地上でたった1人で生きる男・マックス(マット・デイモン)。孤児院で育ち、車泥棒などの罪を抱え、服役していたこともある。それゆえに、政府から目をつけられ、いびられる。しかもその役人がロボットときてる。
 仲の良かった孤児院での幼なじみの女の子・フレイも今は街を去り、ロボットが小役人の代わりとして幅を利かせるこの地球社会において、ロボット産業最大手の企業の工場で堅気としてその日その日をしのいでいる。
 昼間、空を見上げればそこに常にあるスタンフォード・トーラス型の宇宙コロニー「エリジウム」。政府上層部と富裕層たちはそこへ移住し、高度に発達した医療により、病を得なければ、老いもしない。不老不死の「楽園」がある。
 いつかそこへ行く。そう言ってから何十年と経った今でも、それを夢見た日々を忘れることはない。なんとも抑圧された日常の中で、ロボット役人と小競り合いで怪我させられたマックスは、看護婦として街に戻ってきたフレイ(アリシー・ブラガ )と再会する。ついてない日々の中で彼の中に希望が芽生える。


 しかし、工場での事故により多量の放射線を浴びて、余命5日と宣告されたマックスは、絶望の中で「エリジウム」に行くことを決意する。自身の身体を治すために。かつて身代わりに収監されたこともある、エリジウム密入国組織のリーダー、スパイダーに直談判し、そして彼はスパイダーからある計画を持ちかけられる。
 それは「エリジウム」住人の「脳」にある情報を手に入れることだった。


 こうして、マックスのたった5日で「世界」を変える戦いが始まる。


 ニール・ブロムカンプのうまさは、元チンピラの主人公、子持ち看護婦のヒロイン、ヒラ工員をいびる中間管理職、天界を目指す闇商人、被虐趣味を満足させるために政府のエージェントになりたがるクズ、主人公を犯罪者へ引き戻そうとする元仲間、と言った、庶民や小悪党を魅力的に描く能力に長けていることだ。彼らはまさに天界から放逐された「ニンゲン」であり、彼らが動き回る下界の、「ほこりまみれの汚れた地球」での描写こそが魅力的だ。
 だが、エリジウムに乗り込み、蹂躙する悪徳エージェントとマックスが対峙する後半は、どこか肩すかしを食らう。


 この映画の難点があるとするならば、それは理想郷としてストーリー設定されている「エリジウム」がひどく寒々しく見えることである。キレイで清潔で緑もあって、不老不死が保証された楽園。だが、文字通りそういう楽園であったとして、そこが本当に理想郷たりえるのか、というとムズカシイ。
 「エリジウム」は富裕層だけでなく、政府上層部も居を構え、政府中枢もエリジウムにある。という世界構成はかなりいびつだ。リアルに考えてみるととても成立しないように思うし、さらに政府がたった1人の脳に収まる程度のプログラムで転覆できるような、たった数人のエージェントが蹂躙できるような、そんな「脆弱」なもの、として描かれているのはどうなのだろうか。


 ニール・ブロムカンプの感性は言わば「エリジウム」を「見上げる」側を描くのはすごく巧い。けれど、「地球」を「見下ろす」人の苦悩は描かれない。せいぜい「高度な医療」を求めてエリジウムに乗り込む移民対策ぐらいのもので、地球社会にたいする「リアリズム」など持ち合わせていないように描かれている。エリジウムの中で「地球と対峙する現実主義者」として位置づけられるジェシカ・デラコート(ジョディ・フォスター)ですら、である。
 ニンゲンの中にある「複雑性」を「エリジウム」住人が持ち合わせていないのであるならば、やがて、物語の中で行われる「革命」的行為も無に帰すのではないか、という絶望がある。


 この映画において、「医療」格差というものがポイントに当てられてるのは「なるほど」と思うし、医療が解放されて、めでたしめでたし、としたくなるのはわかる。
 だが、この世界でより深刻なのは、政府が地球を見捨てた社会であるということだ。これから先、そんな「棄民」政府の社会がどう良くなっていくか、という話には決して持って行けないところが、この映画の弱いところではないか、と思う。
 この映画のラストの演出はひどく感動的なそれだ。でも、せめて、「エリジウム」の側にでも、「地球」の側にでも、1人でもいい、「魅力的」なリーダーとなりそうな人物の存在を描けなければ、この映画のラストはとてもハッピーエンドじゃないのではないか。そういう違和感が、見終えた後も消えずに残っている。(★★★☆)