虚馬ダイアリー

「窓の外」のブログ

「アンナ・カレーニナ」

toshi202013-03-30

原題:Anna Karenina
監督:ジョー・ライト
脚本:トム・ストッパード
原作:レフ・トルストイ



 その激情はどこから来たのか。彼女は最後までわからなかった。


 19世紀・ロシア。18歳で嫁に行き、子宝にも恵まれ、夫・カレーニンジュード・ロウ)は忙しく働く政府のエリート役人で、決して不仲ではない。そんな家庭を持つアンナ・カレーニナキーラ・ナイトレイ)が、兄の浮気が元の夫婦ケンカの仲裁に訪れたモスクワで、ロシア将校・ヴロンスキー(アーロン・テイラー=ジョンソン)と出会う。
 ヴロンスキーは兄嫁の妹・キティの思い人で、キティは彼と結ばれたいがゆえに、親しい友人であるリョーヴィンのプロポーズも断っていた。しかし、ヴロンスキーはアンナに一目惚れする。彼のアプローチに最初は拒絶していたアンナだったが、恋のときめきも知らぬ間に若くして結婚したアンナは、やがてヴロンスキーとの「許されざる」恋が一気に燃え上がっていく。
 

 うん。で。
 まあ、なんというか。ロシアの文豪の代表作、という囲いを取っ払ってこの映画を見た時に思うのは、「なんてアグレッシブな不倫劇」という一言に尽きる。実際、恋に焦がれるというのはこういうことを言うのかもしれないが、そのあまりにも重機関車のような、アンナ・カレーニナの破滅への一本道をひた走るその姿に、なんとも言えず、「すげえ・・・」と思いながら見ていた。
 この「スイッチ」の入り方は、まさに恋は盲目、という言葉を地で行く。周りが見えてないというか、周りは確実に引いているのに、それに気づいてない、という描き方をこの映画ではしていて、そこが面白かった。例え、許されなくてもいい。この恋に身を委ねる。その揺るぎなき決意は男性からしてみたら理解しがたいほどの、堅牢さだ。
 僕はアンナとヴローニンの恋への共感の外に意識があって、どうしても俯瞰でみているうちに、アンナの旦那・カレーニンの目線に近くで物語を眺めていた。僕には彼女のとっている行動はどう考えても破滅すると思いながら見ているし、カレーニンからすれば貞淑だった妻の過ちという醜聞は、世間に知られたくない。それでも、彼女の不倫の告白、さらに愛人の子を身ごもった事実まで発覚し、さすがにショックを隠しきれず一度は離婚を決意しながらも、一時危篤となった彼女の「許し」への懇願する姿を見て、この決意を翻してともに歩んでいこうと決めるカレーニンからすれば、彼女はきっと自分の元へと帰ってくると信じるしかないわけである。彼女の「不貞」という名の「罪」を「許し」さえすれば、きっと彼女は目を覚まし、元の貞淑な妻に戻ってくれると。


 しかし。事はそう簡単ではなかった。彼女もまたこの恋が「許されぬ」ことだと知っている。彼女はロシアの社交界に身を置く知識階級であり、兄夫婦の仲裁の際に「許すこと」の大切さを兄嫁に説いた彼女だ。それでも彼女の中の「許されぬ」感情を消せない。わかってる。わかってるのよ。そんなことは。私が許されない女だということは。だけど、この「罪」は・・・もはや消せない。
 「許されたい」という思い。それでも「許されぬ」気持ちがある自分。そのことが、「許そうとする」カレーニンへの生理的嫌悪となって現れる。なんでこんな私を許そうとするのよ!私の「罪」を、燃え上がる私の彼への「愛」を、許そうとしないで!そのカレーニンの寛容さが、彼女を更に傷つけていき、彼女のヴローニンへの愛はさらに深まっていく。そして、彼女は夫の元を去る。


 初めての、その焦げ付くような恋に生きる覚悟が彼女を追い詰める。恋に生きる代償として子供に会えぬ苦しみをヴローニンは理解できない。掟に背いたアンナは社交界から放逐されるに至り、やがて不眠になって酒量は増え、仕事で留守がちになるヴローニンの浮気を疑うようになると疑心暗鬼は止まらない。初めての、そして唯一つの恋に生きる。しかし、その対価として彼女は居場所をなくしていく。
 

 この映画で演出される大劇場の舞台の上で行われているような演出は、まるで貴族社会そのもののように、彼女を呪縛しつづける。愛に生きると言いながらも、貴族社会でしか生きられぬ女。アンナ・カレーニナという女性の一世一代の恋は、必然の破滅へと至るのである。
 その哀しいほどに「恋に添い遂げる」アンナとは裏腹に、一度は無下に断られながらも、キティを一途に思い続けたリョーヴィンは、死の床につく兄を看取り、キティとの愛を育みながら、やがて、アンナが得られなかった「幸福で実直な愛」の存在を信じられるようになる。
 ジョー・ライト監督は、アンナの恋を非常にけれん味溢れる大胆な「大劇場」演出で描いたのに対して、大胆なロケーションでの撮影という形で、リョーヴィンの「愛」の行方を対比させていく。


 対照的な二つの愛。しかし、その元をたどれば、ともに「理屈ではない何か」である。「許されぬ」からこそアンナが耽溺し、そして魅せられてしまったもの。そんな「恋」という「理屈ではないもの」に1人の女性が永遠に囚われてしまう物語である。(★★★☆)



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