虚馬ダイアリー

「窓の外」のブログ

「シュガーマン/奇跡に愛された男」

toshi202013-03-23

原題:Searching for Sugar Man
監督:マリク・ベンジェルール


 小学生の頃、学校の主催で風船に種をつけて飛ばすというイベントをやったことがある。校庭でみんなで集まって一斉に風船を飛ばし、その風船の飛んだ先でその花が咲くといい、という。まあ、ささやかで自己満足でどこか手前勝手ではあるけれど、その風船はどこへ飛んでいくのだろうか、と思いを馳せたりすると、ちょっとわくわくする。そして、時折、ふと授業中に窓の外の青空を見た時、あの時の風船がどこにあるかを、かすかに夢想する。そんなことがあったことを、ふと思い出した。


 自分の書いたもの、描いたもの、表現したかったもの。それがだれかに届いて欲しい。表現をするというのはそういうことなんじゃないか、とは思う。オレは、私はここにいる。その思いが誰かに届いたという、その証が欲しい。その為に人は表現をするのではないかと思う。表現という、伝達の種。しかし、その種が花開くのは、ほんの一握りなのだろう。


 


 さて。
 その「種」が70年代の南アフリカに届いたのは偶然なのだという。いろんなレコードの中に紛れていたらしい。「ロドリゲス」というアメリカの歌手のアルバム。彼の歌は、そのレコードからテープに録音されて、聞き継がれていき、やがて、「海賊盤」レコードがどんどん作られ、総計100万枚を超える国民的大ヒットになる。南アフリカは人口が多くないのでミリオンセラーというのは、歴史的な超特大ヒットである。



 彼の歌の根底にあるのは、タイトルとなっている「シュガーマン」などのように負け犬の哀しみを歌ったものや、「I wonder」という「君はセックスを何回したのか」などという歌詞が出てくる刺激的なもあるのだけれど、それとは別に「コールド・ファクト」というアルバムの中の「エスタンブリッシュメント・ブルース」という曲で、デトロイト市政の腐敗を歌う歌があり、その反体制のメッセージが、長くアパルトヘイトという人種隔離政策が行われていて、そのあまりに酷い状況に黒人はもとより、白人の多くも憂いていた。半ば鎖国状態だった南アフリカの人々の心に、「反体制」の象徴として、そこに反骨のメッセージを植え付けることになる。
 そして、その歌を歌った「ロドリゲス」は一躍、国民的アイドルとなるのだが、そこで一つ、当然の疑問が残る。


 「ロドリゲス」って・・・誰?


 それがこの映画の端緒である。
 70年代に南アフリカで一世を風靡し、歴史的ヒットを生み出したアイドル。しかし、その存在はミステリーに包まれている。アメリカ人に「ロドリゲスって知ってるかい?」と聞いても、「いや、知らない。聞いたこともない」と返される。そのうちに、「死亡説」まで飛び出てくる。ステージ上で焼身自殺したとか、演奏中に拳銃自殺したとか、そんな話ばっかり。南アフリカだけで知られる無名の『ビートルズ』。
 そこで、舞台はアメリカのデトロイトへと飛び、当時、彼のレコードデビューや、彼の周辺にいた関係者たちの証言を積み上げていく。たった1枚、レコードを出した後、消えていった無名の歌手。いつも肉体労働しながら、夜はステージに立ち、やがてレコーディングにこぎつけるも、売り上げは芳しくなく、やがて、彼は表舞台から姿を消していた。そして行方はようとして知れない。



 だが、「伝説」を求める人々の「旅」は、90年代の情報革命、「インターネット」によって、意外な形で急転直下の展開を迎えることになる。


 そこからがこの映画の肝であり、「奇跡に愛された男」と呼ばれるにふさわしい展開が待っている。これは是非、映画本編を見て頂きたい。「ロドリゲス」とは一体何者なのか。どういう人生を生き、そしてこの映画で、どういう風景を見るに至るのか。その顛末が描かれる。
 歌という表現が起こす奇跡。遠き異国で花開いた彼の歌が、彼にもたらす「うたかたの夢」は、同時に彼の中の「もうひとり自分」を「取り戻す」旅となる。その姿に僕は涙が止まらなかった。


 ただただ見て頂きたい、必見のドキュメンタリーである。(★★★★☆)