虚馬ダイアリー

「窓の外」のブログ

「任侠ヘルパー」

toshi202012-11-19

監督:西谷弘
脚本:池上純哉



 テレビ局主導の日本映画が、心ある映画ファンから非難されるようになって久しい。でも、僕は基本的にテレビ局が映画が作ること、それ自体を悪し様に言うことはしてこなかった。映画というのは作られることに価値があると経験的にずっと思ってきたからだ。技術は経験の中で培うことができる。作り続けられる環境と、「物語」を作ろうとする意思がなによりも大事だと思っていたからである。


 僕は西谷弘監督は面白い戦い方をする人だと思っていた。彼は映画ファンにネタにされる「アマルフィ 女神の報酬」の監督でもあるけれど、ドラマ演出家出身の映画監督として面白い戦い方をしたのは「容疑者Xの献身」である。ここで彼は主なテレビ局主導の映画が「映画版=テレビドラマのお祭り」ととらえていたのに対し、彼はドラマ版を「利用」して「映画」を撮る。
 彼は「テレビドラマ=映画を立ち上げるためきっかけと、周知するための媒体」と割り切り「映画>ドラマ」という価値観で映画を作る手法を採ることができる、ドラマ演出家兼映画監督である。それが西谷弘監督のフジテレビの演出家としての「戦い方」であり、強みである。彼は「アンダルシア 女神の報復」で見事リベンジを果たし、映画「任侠ヘルパー」で更なる進化を見せる。


 「任侠ヘルパー」は元はテレビドラマであるが、映画版で西谷弘監督はあえてドラマ版未見でも入れる形を取った。主人公以外の登場人物と世界観を一新し、テーマをより深化する形で自分が思う「映画」を作るのである。




 カタギの世界で日陰の世界で生きようと、コンビニでバイトをしている時に強盗に入られて、その犯人に金を恵んで追い返そうとしたのがきっかけで、元・ヤクザである翼彦一(草なぎ剛)は刑務所に入ることになる。その刑務所で、強盗をした元ヤクザの老人・蔦井(堺正章)に慕われた彦一は、彼が顔が利くという地方都市のやくざの組への口利きをしてもらい、老人の死後に出所した彼は、元・コンビニの同僚で彼の男気に惚れた成次(風間俊介)とともに大海市へとやってくる。
 大海市では二世市議会議員・八代照生(香川照之)が中心になって「観光福祉都市宣言プロジェクト」が進行中であり、彦一が口を利いてもらった極鵬会もその利権に一枚噛もうとしていた。彦一を快く?迎えた組長の朝比奈(宇崎竜童)が彦一に「シノギ」として任せたのは、彼らが老人の「生活保護」の上前をはねるためだけに作られた、劣悪な老人介護施設うみねこの家」の管理・運営であった。


 この映画には様々な地方都市の実相が、リアルに物語に織り込まれる。
 彦一が大海市という架空の地方都市で出会うのは、痴呆症の母を抱えたシングルマザーで蔦井の娘の葉子(安田成美)、両親を亡くして幼い兄弟を水商売で喰わせるために働く茜(夏帆)、そして強者によって食い物にされ、うち捨てられようとしている老人たちだ。
 そこで繰り返される容赦ない現実。覆しようもない格差、弱者を食い物にする貧困ビジネス、老人を「生活保護」の上前をはねる対象としか見ていないヤクザが運営する介護施設の劣悪な環境、介護ヘルパーによる虐待、金もなく老人が老人を介護するしかない老老介護、シングルマザーが元恋人のつてを頼り、水商売をしてまで入れようとしている市が用意しした「きれいな」高級な老人介護施設ですら、老人を決して「人」扱いはしてくれぬ。


 今のこの国の政治では彼らのような弱者には手をさしのべられない。若者たちは自分たちのことで精一杯で余裕がなく、老人を「勝ち逃げ」と揶揄するなど冷淡だ。なにより介護の現場は人手がない。

 この映画に出てくる人は皆どんづまってる。どこまでも生きづらく、他に行く場所もない、寄る辺なき人々だ。要介護の老人など「勝ち逃げ」なんてとんでもない。負けるよりひどい、「人間」として扱われぬ人生を生きている。この映画はそれを戯画化して描いてはいる。しかし、近い将来、こういうことが起きないとは誰にも言えないし、今どこかで起こっていてもおかしくはない。
 西谷監督は、この国に生きる彼らの「どんづまり人生」をどこまで真摯にリアルに描く。女、子供、老人。みんな必死に生きているけれど、どこまでいっても報われない。はじめは生きるために、「自分の居場所」のためにヤクザの手先として老人や女性を陥れる側に回ってしまい自己嫌悪にのたうち回っていた彦一は、彼らのあまりの窮状に、「彼らを受け入れる場所」を作ろうと奮闘することになる。
 要介護の老人だって人生を生きている。今も。そう今もだ。生きている限り、人生は続く。まずは老人たちを「人」として扱う。その当たり前の実践を彦一は始めるのである。



 はぐれものだからわかることがある。はぐれものだからこそ守らねばならぬものがある。
 彦一は正義の男ではない。大切な物を守るためなら、汚い真似にも手を染める。それでも。それでも。男には通さねばならぬ、「何か」がある。


「任侠道。弱きを助け強きを挫く。命を捨てても義理人情を貫く。そんな、ホンモンの極道になりたかった。」


 この映画に出てくる人間の人生に特等席なんてない。どこまでもどこまでも荒涼とした現実が横たわっている。草なぎクン演じる彦一の人生もまた例外ではない。
 だからこそ、彦一が常にかかげる「フィクショナル」な「任侠」の精神こそが、報われぬ「弱者」たちの「人生」を少しだけ現実から浮遊させる。これぞ「映画」、これぞ「プログラムピクチャー」という、どこまでも不毛なリアルに対する「ホンモン」の物語の「力」の息吹がここにある。必見。(★★★★☆)

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