虚馬ダイアリー

「窓の外」のブログ

「終の信託」

toshi202012-11-22

監督・脚本:周防正行
原作:朔立木


 てなわけで、周防正行監督の新作「終の信託」をようやく見た。見るまでに時間がかかったのは単純にモチベーションの問題である。




 このポスター。まず重い。テーマが尊厳死。40代女性医師と60代男性患者との恋愛を絡めて、尊厳死について描くという。そんな前情報だけなので、会社帰りに「うーん、疲れた。じゃあ「終の信託」みるか!」とはならない。どうしても体力のある休日に「よし!「終の信託」見に行くぞ!」と気合いを入れてようやく「じゃあ見るか!」と思うタイプの映画じゃないかと思う。
 しかも楽しい映画ではないことは確実である。見た人の感想を聞くと「周防監督の作品の中で「それでも僕はやってない」以上に娯楽色薄い」という答えが返ってくるしで、「あー、社会派の「それ僕」より重いのか・・・」と思い、つい二の足を踏んでしまっていたのだ。

 しかし、何はともあれ周防正行監督作品である。コンスタントに作品を作ってくれる人じゃなし、次の新作などいつ見られるか、と重い腰を上げて、やっとこさ見たわけです。




 えー・・・。「面白かった」んです、これが。

 テーマは確かに重い。ぜんそくに長年苦しんできた患者を演じる役所広司の演技はリアルすぎて怖いほどだったし、普段穏やかな人であればあるほど、その人の言葉には重みが出てくる。彼の人柄に惹かれ、その言葉と決意に突き動かされて、患者家族の同意の下で延命治療を取りやめる草刈民代演じる女医の決断とその顛末は壮絶ですらある。
 そして、後半の女医と検察官・大沢たかおの息詰まるほどの会話劇は、鬼気迫るものであった。周防正行監督はその演出を非常に真摯に、そしてリアルに演出してみせる。ドキュメンタリーかと思うほどのリアルさは「それでも僕はやってない」の方向性をさらに突き詰めた感じがする。


 しかし。「面白かった」のは、なぜか。
 それは、ヒロインが思った以上に同僚男性医師との不倫という「うかつな」恋愛、捨てられて「うかつに」睡眠薬と酒を一緒に飲んで自殺未遂、何より懲りもせず妻子持ちの男性患者に惚れて「うかつな」感情移入を行う、思い込みの激しい系の女性だったからで、「それでも僕はやってない」の場合、完全に加瀬亮くんはえん罪であるという前提の話だったが、今回は、ヒロインが「うかつ」すぎる言動、「思い込みが激しい」行動が起因となって、結果、違いのわかる検察官・大沢たかおに「医療殺人」の疑惑を向けられるのである。
 この映画の話は、彼女が「完璧な人生」を歩む女医だったら、決して起こらなかった話である。人並みに結婚して、人間関係も良好、不倫などもせず、病院内でみだらな行為もせずに患者と常に向き合う品行方正な女医だったら、まず起こりえない事件なのである。
 彼女が様々な「人生の失敗」の中で経験した「痛み」が、患者の「痛み」と合致してしまったがゆえに、「つながり」を感じてしまったことが、彼女の「医師」としての過ちの始まりである。


 しかし、そんな彼女だからこそ、1人の患者の「苦しみ」「痛み」に寄り添えた。寄り添って「しまった」。そんな彼女が、惚れた患者の「意識のない肉のかたまりにはなりたくない」という意思を聞いてしまったから、彼女は「決断」し「実行」した。1人の人間を「死なせる」という行為を。
 この映画を見終わって思い出したのは、これである。



 

おたんこナース (1) (Spirits healthcare comics)

おたんこナース (1) (Spirits healthcare comics)


 周防正行が綿密な取材と考証に基づいたリアルで丁寧な演出は、どこか佐々木倫子の絵に似てもいる。なによりヒロインがうかつで思い込みが激しいときてる。だからこそ、死と隣り合わせの現場であっても、患者ひとりひとりと向き合えるという点も共通している。違いは「悲劇か喜劇か」の違いである。しかし、それは役所広司が劇中でうんちくを披露する「ジャンニ・スキッキ」のように、受け取り方によっていくらでも変わるものではないか。
 生と死の現場で働く、その人間はすべて完璧超人ではない。人は欠点を抱えながら生きている。この映画は、愛と情に翻弄される欠点だらけの人間である女性医師が落とし穴にはまる、という悲劇であり、そして喜劇ではないかと思う。(★★★★)




LOVE&JOY

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