虚馬ダイアリー

「窓の外」のブログ

「凶悪」

toshi202013-10-08

監督:白石和彌
脚本:高橋泉/白石和彌

凶悪―ある死刑囚の告発 (新潮文庫)

凶悪―ある死刑囚の告発 (新潮文庫)


 この映画は実際の事件を元にしている。


 つい、こないだ、NHKで放映された「尼崎連続変死事件」のドキュメンタリーでも目を覆うような現実が、「プライベート」の壁の向こう側で、世間に知られることなく進行していたことを描いていて、多くの視聴者を戦慄させた。
 暴力と殺人。この見えざる世界にある、どうしようもないもの。この世界には静かにそして確実に染みいっている。


 僕らの世界は予断で出来ている。とは前に書いた。この世には目を覆うような残酷な現実など、そこら中に転がっていて、でも僕らはそれをのぞきみようとはせず、日々生きている。僕らが主に知るのはそれに付随する「残酷な結果」だけだ。
 進んだ現代社会ではプライベートが守られているが、ということは、同時にプライベートを守る壁の「こっち側」で起きた「トラブル」はもはや、自分から外へ向けて発信するか、壁を壊して他者が介入するか、しかない。それは「ブラック企業」という「企業」の壁、というやつも、それに近いかもわからない。「いじめ」「体罰」「DV」。忌まわしき暴力はいくつもある。しかし、その多くのそれは発覚することなく、「平和な社会」は今日も「平和」に廻っている。


 この映画の発端は、アパートでの暴行・殺人、同業ヤクザの殺人等の罪で死刑が決まっている元ヤクザの囚人から、スクープ雑誌の編集部に「告白したいことがある」との手紙が送られ、1人の記者が彼と面会する。
 男は「先生」と呼ばれる不動産ブローカーで、借金にまみれた老人を見つけては、多額の保険金を掛けて、自殺などに見せかけて殺していたという。記者は早速この件を追い始める。編集長は売り上げにつながらないからとさっさと切り上げるように言うが、記者は事件にのめり込んでいく。
 そして見えてきたのは、金のためならば何のてらいもなく人を殺す殺人者たちと、そして、抗いようもなく殺されていく被害者の「実相」であった。


冷血 (新潮文庫)

冷血 (新潮文庫)


 闇をのぞく。許されざる者たちの抱える世界をのぞき込む。それはある種の快楽である。そんな男を真摯に描いた「カポーティ」という傑作がある。
 一世を風靡した人気作家トルーマン・カポーティが、カンザスの一家四人殺害事件の容疑者である人間に近づき、やがて彼の代表作のひとつとなる「冷血」を書き上げるまでを描いた作品である。
 悪人に親しみを覚えながらも、同時に彼の死刑を望む。カポーティが感じた、その心性にこそ、彼は「冷血」というタイトルにしたのではないか、という説がある。


 この映画の狂言回したる、山田孝之演じる雑誌記者も家族との間に抱えた問題を放り投げたまま、まさに黒光りする闇に引かれていく。
 この映画の骨子は、そんな世界に迷い込んだ、「圧倒的な凶悪」をのぞき込む記者と、彼が調べる中で明るみになる、その事件の首謀者、関係者、そして被害者たちがどのように、人を追い詰め、人を見捨て、人に見捨てられ、そして、殺し殺されたかを描いていく。


 出色はまさに、記者の視点不在の「殺人者」サイドの描写である。悪人は「悪人です」とプラカードをぶら下げて歩いているわけではなく、時にその闇を濃くしたり薄くしたりしながら、日々を生きている。「先生」と呼ばれた男にも家族がいて、可愛らしい高校生の娘さんがいたりする。


 悪びれることなく「いいっすかあ」と下から見上げるように瀧を見て、そして悪びれることなく人を殺す不動産ブローカーのリリー・フランキーと、荒事ビジネスの最前線で、静かに話していた刹那に暴力を放つことが出来る荒事慣れしたヤクザ、ピエール瀧。2人がまるで日常の延長線上にあるように、「あいつ殺しちゃいましょうか」とか「大丈夫っすよ、死体処理やっちゃいましょう」と、お昼のラジオ番組感覚で喋っていたりするのが心底怖い。日常と暴力・殺人の境目が、全くないのである。


 「凶悪」。そういうタイトルである。しかし、僕らはこの事件と決して無関係ではない。ぼくらと地続きの「社会」で起こっているのである。


 「闇」をのぞき込み、認知症の母の介護に疲れた妻の訴えに耳を貸さことなく、その世界へとのめり込んでいく記者は、「冷血」を書いた頃のカポーティのようでもある。
 記者は「先生」に関する事件を記事にして、「先生」は逮捕される。そして、「ヤクザ」や「先生」の「死」を心から願っているが、しかし、誰よりも彼らに惹かれているのは誰なのか。それは他ならぬ記者自身なのである。


 この、山田孝之演じる闇に呑まれていく記者サイドの脚本と演出が、悪のありようについて鋭さを増したリリー&ピエールの殺人者サイドの演出に比べて、やや定型に収まってしまってその志の高さに追いついていないのが悔やまれるのだが、この映画の描こうとしたものの片鱗は、十二分に伝わってくる。力作である。(★★★★)


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