虚馬ダイアリー

「窓の外」のブログ

「そして父になる」

toshi202013-10-07

監督・脚本:是枝裕和



 一方は、一見して理想的な親子。父親の容姿が福山雅治。母親の容姿が尾野真千子。子供は大変利発そうなお子様。
 一方は凸凹。父親はリリー・フランキー、母親は真木よう子。3人の活発なお子さんをお持ちだ。



 古今亭志ん生が枕で言っていた言葉で、「こいつよりはマシだろう、と思っていたらまあ、いいところそいつと同じくらいの芸である」ってのがあって、まあ、人というのは自分を過大評価する生き物だ。自分はまともだ。自分は普通だ。自分は真っ当だ。自分は立派だ。


 建築会社で第一線で仕事はバリバリやって、子供は私立の小学校の受験を受けて、マンションは都心の方のホテルみたいな高級マンション、しかも見た目が福山雅治とくりゃ、自己評価はうなぎのぼりってやつだ。俺は理想の父親である。
 この映画の主人公、野々宮良多(福山雅治)はまあ、そんな自己評価爆上げな父親である。よって、息子・慶多(二宮慶多)の覇気のなさ、優秀な自分の子とは思えぬ負けん気のなさに、言葉にしないまでも不満を抱えているわけである。


 そこに降ってわいたように起きる、家族の大事件。良多の妻・みどりが帰省先で慶多を産んだ病院から、赤ん坊の取り違えが起きていたことが告げられる。

 6年育ててきた息子は、血のつながっていない息子である、と。

 その事実を知った彼は思わず一言、つぶやく。そのつぶやきを妻は聞いていた。


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 この映画のクレジットで参考文献としてこの本が挙げられていたように、「赤ん坊取り違え事件」を契機にしたドラマであることは間違いがない。しかし、別にこの映画は社会派というわけではない。すごくシンプルでミニマムな、「家族」と「家族」の「出会い」がこの映画の眼目。


 事件がなければまるで出会うはずのなかったふたつの家族。主人は、一方が建築会社のエリート社員で、一方がしがない電器屋の店主。生き方も、働き方も、住む家も、子供への接し方もまるで違う。そんな二組の家族が出会い、そして、そのうちの1人の子供を交換するか、しないか、という選択肢を迫られる。


 この事件を契機に、二組の家族は定期的に会うようになり、お互いの家族のありようが見えてくる。良多は思う。「これは、俺の家族の方が数段上だ。」と。家も年収も環境も、父親としての「質」も。相手の家族の家を見たが、まあ、客商売なのに古い店の建て替えする余力も無い経済力のなさ。相手の親父は「子供」と全力でじゃれ合う姿も、彼の理想とする「父親」像からはかけはなれている。しかも見た目は俺が「福山雅治」、相手は「リリー・フランキー」。すべてが「俺が勝っている」ようにしか思えない。
 しかし、相手の「リリー・フランキー」が数回目会ったときに指摘する。「育児に大事なのは「子供との時間」だ。」「そこを面倒くさがったらダメだよ。」と。
 これは「痛い」ところを突かれている。良多は仕事にかまけて、なかなか子供との時間を作れないことを妻から指摘されていたからだ。だが、指摘された時、良多の中での反応は「なんでてめーにそんなこと言われなきゃならんのだ。」であった。しかし、この指摘は長く良多の心に刺さっている。


 「取り違え」という深刻な事件の中でも映画は、家族の「日常」について照射し、日常の中に起こるふっとした笑いの要素をまぶしながら、描いていく。この映画、基本的には「娯楽映画」なのである。


 物語は「取り違えはなんで起きたのか」という謎と、そして「子供の交換」するかしないか、という残酷な選択を迫られる家族が、それぞれの苦悩や痛みの中で「決断」するまでの過程を描きながら、この映画の真の描きたいものは、血のつながっていない子供を自分たちの息子として育てていた事に対する「もやもや」であったり、むしろ互いの家族の「日常」の延長線上の「交流」であり、「大事件」の中で時折顔をのぞかせる人間の「したたかさ」であり、子供たちの「出会いの喜び」と事件に対する「無垢な戸惑い」であり。


 そして「親たちの決断」の「その先」なのである。


 もう一方の家族と出会わなければ、「取り違え」が起きなければ、良多はずっと「自分は理想の父親である」と思って暮らしていただろう。それを疑う要素も彼の中にはないはずだ。
 しかし、決断のその先で彼は気づく。本当に自分は「父親」たりえていたのか、と。


 事件がなければ見えてこなかったものが見えてくるまでを、この映画は丹念に、そして心に染みいるように描いていく。この映画が描くのは、やがて「破綻」へ向かっていたはずの親子の。そう「親子」の、真の「再生」なのである。傑作。(★★★★★)


家族になろうよ / fighting pose

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