虚馬ダイアリー

「窓の外」のブログ

「とらわれて夏」

原題:Labor Day
監督 ジェイソン・ライトマン
脚本 ジェイソン・ライトマン
原作 ジョイス・メイナード



 1987年。ある夏の日。13歳の「ボクら」は彼と出会った。


 父親が家を出て行って、母・アデル(ケイト・ウィンスレット)とふたりきりの生活を送っていた少年・ヘンリーは、母の買い物に付き添っていた際、ひとりの男に呼び止められる。彼は母親のもとへ連れて行って欲しいという。
 男はTシャツにジーパンをはいており、腹からは血を流していた。さすがに尋常な男ではない、と悟るヘンリーだったが、それでも男の切羽詰まったようすに、彼を母のもとへ連れて行く。男は母親に言う。俺を匿ってくれと。危害は決して加えない。だが、匿ってくれなければ、息子を人質に取って脅すしかない。
 よくよく考えれば矛盾してもいる。だが、男の必死のようすに、母はその要求を呑み、男を家まで連れて行くことになった。

 男の名前はフランク(ジョシュ・ブローリン)。盲腸の手術の治療中に病院から抜け出した逃亡犯だった。


 その日のうちに出て行くつもりのフランクであったが、近くに鉄道がないことを知ると、男は親子を「監禁」しているという体ではあるが、ヘンリーとアデルを解放しながら、しばらく家に逗留することになり、そのお礼代わりに、車や家の修理を行い、彼の得意料理であるピーチパイをつくり、ヘンリーと野球をして戯れるようになる。そんな彼の心優しき一面に触れ、ヘンリーは彼の中に「父親」を見いだし、愛を失い、渇望していた母はフランクと身体が触れあうたびに、深く心奪われていく。


 「家族」。いつしか、母子ふたりが失った形をフランクが補ってくれているかのように。ふたりは思うようになる。だが、フランクを追う警察の包囲網は、少しずつ狭められていた。



 この映画は日比谷のTOHOシネマズシャンテで見たのであるが、現在、同時に「8月の家族たち」が上映中で、本作はその対になっている映画のように感じられた。



 家族というのは呪縛である。ときに個人の人生をきつく捕らえ、離さない。そして、人はそこから激しく逃れようとすることもある。「8月の家族たち」は父親の行方不明事件をきっかけに、3人姉妹とその家族、さらには叔母夫婦と従兄弟が集まったことをきっかけに、彼ら家族が抱えた様々なきしみや、彼らが抱える不協和音が一気に露わになっていく物語だ。
 その、ある種ドミノ倒しのようにパタパタと、個人個人が抱えた真実や、彼らが心に押し殺していた本音が明らかになるにつれ、家族が崩壊していく様を描いてく戯曲の映画化であり、喜劇のような悲劇でもある。だが、その個々が家族の中で「演じている」役割という呪縛から次々に解放されていく「デトックス」な映画でもあり、ラストにだれもいない荒野で太陽を見つめながら、さばさばとした表情を見せる長女役のジュリア・ロバーツが妙に印象的な映画でもある。


 人は時に「家族」という呪縛から逃れたいと願い、その事によって救われることもある。だけど、それでも、人は「家族」を欲していく。


 本作での母・アデルは、過去に様々なことがあって夫と心が離れていき、夫は「普通の家庭」を求めて、別の伴侶を選んだ。愛を失い、彼女は心の奥底での愛情の渇望に耐えていた。そんな母を子供心に悟っていたヘンリーは、母にできる限りその代役を務めていたが、自分では代わりにはなり得ないと知っていた。
 「前の」家族でいた頃、前夫との生活の中で互いに傷つき、相手は彼女を置いて出て行った。それでもアデルは「家族」を欲している。また、家族という呪縛を欲している。


 そんな彼女の前に突如現れたフランクは、まさに彼女が望んでいた、「家族」の要件を満たしていた。ただひとつの障壁は、彼が「逃亡犯」であることだった。しかし、そんな「障壁」すらも、アデルとヘンリーは越えていこうとする。
 アデルとフランクの恋愛感情はあえてぼかし、やがて結ばれていくふたりの交情も、ヘンリーがベッドでかすかに聞こえる物音の先で「察する」形で描かれており、その描写が逆にエロいのだが、なんでそういう描き方をしているのかと言えば、アデルとフランクの運命的な出会いを、あえてメロドラマにすることなく、思春期の息子・ヘンリーの目線を通して「家族」になろうとする物語として描こうとしているからで、その目線こそこの映画の白眉だとボクは思うのである。


 家族とはなんだろうか。不思議なものだ。時に逃れたい、ここから去ってしまいたいと思いながら、それでも人は家族を欲し、呪縛されたいと願う。


 夏に起こった5日間。その5日間が彼らの人生に強い影響を与え、彼らの人生を変化させる。そこには「家族になりたい!」と願う、矛盾しているようでも人間の中に眠る強い欲求が物語を力強く動かしているのである。(★★★★)


家族になろうよ / fighting pose

家族になろうよ / fighting pose