虚馬ダイアリー

「窓の外」のブログ

「私の少女」

toshi202015-05-08

原題:도희야/A Girl at My Door
監督・脚本:チョン・ジュリ



 ペ・ドゥナが好きだ。彼女は美しい。この映画を見に行くということは彼女を見に行くということだ。そしてこの映画でもその美しさは健在である。


 だが、この映画が見せるのは、もう1人の主演・キム・セロン14歳の、圧倒的存在感であった。


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 エリート街道を歩いてきた警察官・ヨンナムは、ソウルからとある田舎の港町の所長として赴任してくる。顔には人生の疲れのようなものが見えている。だが、美しさと警察官として生きてきた誇りを失ってはいない。
 その町にやってきたその日、ヨンナムは1人の少女と邂逅する。ヨンナムが呼び止めると、青々とした田園のあぜ道を少女は逃げるように疾走していく。


 その町では過疎化が進み、若者は村を去っている。そんな中、労働力を確保するために奔走しているヨンハという男の存在は、村にとっても重要な存在であった。しかし、ヨンハは酒癖が悪いことで有名で、酒が入ると横柄かつ暴力的になり、手がつけられない。そんなヨンハに対して老人達は半ば黙認する形で彼の横暴を見て見ぬふりをしてきた。
 そして、そんなヨンハの酒癖の最大の被害者は、彼の元から去った妻が残していった連れ子のドヒであった。酒が入ると、何かにつけては暴行を働き、彼の母親もドヒに暴力を振るう。


 彼女こそ、ヨンナムが町に来た日、田園で出会った少女であった。ドヒとの出会いは、やがてヨンナムに思いも寄らぬ事態へと導くことになる。





 物語としてはシンプルである。何らかの理由で田舎町の所長に収まるエリート女性警察官。義父のDVや学校でのイジメなどの暴力にさらされるのが常態化した美しき少女。そして、町で老人達に頼りにされる少女の義父。
 物語を牽引するのはこの3人である。ヨンナムはDVやイジメを「警察官」として止める。ドヒにとって、常態化した暴力から逃がしてくれる初めての女性が、ヨンナムであることからドヒは彼女について回るようになる。すると、その様子を見ていたヨンハのドヒへの暴力は、さらに酷くなっていく。
 事態が深刻だと見たヨンナムはドヒを夏の間だけ預かることになるのだが・・・。


 この映画における少女の義父・ヨンハは、一見とてつもない悪役に見える。少女に暴力を振るうDV野郎だし、酒癖が悪い上にアル中だし、性格もお世辞にもいいとは言えない。外国人労働者にも容赦なく暴力と制裁を行う。しかし、次々と村を去って行く若者達の中で、彼だけが老人達を見捨てず、村が立ちゆくように仕切っている。それは決して、生半可なことではない。老人達や警察官はしきりにいう。「酒が悪いんだよ。酒がよ・・・。」と。
 思うに彼は、元はとても優しい、誠実で気のいい青年だったのだと思う。だからこそ村に残ったのだろう。だからこそ、母は息子を過分に愛すし、村人の多大な信頼も勝ち得てきた。だが、結婚生活は破綻し、労働力の確保もなかなか軌道にのらない。閉鎖的な村社会、発散する場所もない田舎町で人生がくすぶっていく中で、少しずつ澱がたまるように、男の心は鬱積で濁っていったのだろう。


 そんなヨンハから逃げるように、ドヒとヨンナムは共同生活を始めるのだが、このふたりがともに風呂に入ったり、買い物をしたり、ビーチに出かけたりするシーンは本当に心のそこから微笑ましく、そして美しい。
 ヨンナムはドヒを庇護者として愛おしく思い始めるが、しかし、あくまでも警察官と町民の一中学生という、赤の他人である。いつまでも預かるわけにもいかぬ。ヨンナムはドヒを一旦家に帰すのだが、しかし、ヨンハの暴力はやまず、結局ドヒはヨンナムの元へと戻ってきてしまう。そして思わぬ事態がヨンナムに襲いかかる。
 そして、ヨンナムを失いそうになってることに気づいたドヒは、ある「企み」を思いつき、実行に移すのだった。


 人と言うものは善と悪だけの生き物ではなく、その「物差し」の目盛りを行き来する生き物である。絶対的に正しい生き物というものは存在しないし、ましてや絶対的に「キレイ」な存在などいない。そこにあるのはどうしようもない「生」なのだと。その「生」のぶつかりあいの末に少女が実行する「ある企み」は、一見、娯楽映画として見れば「溜飲が下がる」ようにも描けたのだろうが、この映画においてはそうは映らない。「純粋」で「無邪気」であるがゆえにより「邪悪」で「残酷」なもののようにも見える。
 その行動を「善」とも「悪」とも、「清浄」とも「汚濁」とも、割り切ることは決して出来ない。しかし、「思いついてもフツーは実行できないような計画を実行せざるを得ない」少女の果断な「生」がそこにあるだけなのだ。


 物語は筋立て自体はミステリのようでもある。しかし、描かれているのは圧倒的な「生」についてのドラマである。その語り口は実に非凡だ。こんな映画をデビュー作で撮ってしまう新人女性監督チョン・ジュリの手腕に脱帽である。


 最後にヨンナムとドヒが獲得する道行きは、微かな希望の光に導かれているようでもある。不安は尽きない。けれど、それでも、少女のけなげさも残酷さも、胸にしまってある「灰色な真実」も。すべて抱きとめて、共に行くヨンナム。その決意はまぎれもなく美しく、強い。傑作である。(★★★★★)



全部だきしめて

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