虚馬ダイアリー

「窓の外」のブログ

「龍三と七人の子分たち」

toshi202015-05-01

監督・脚本:北野武


 北野武監督の新作は、ジャンルとしてはコメディである。


 北野武名義でコメディというのはなにげに初なのではないか。北野武という映画作家は、お笑い芸人でありながら、長年映画という世界に置いて「お笑い」というものを、いわば持てあましてきた感じがする。ビートたけしという芸人は、きっちりと前準備段階で計算し尽くされた笑いを用意し、それを寸分たがわぬ形で披露するタイプの芸人で、ネタはきっちり仕込んでから笑いに変える人だと思っている。
 北野武監督は長く「甘い死」を抱きながら、苛烈な暴力描写やカット割りを極端に少なくした静謐な情景描写で生を描いてきた作家であるが、「座頭市」で娯楽映画としての才能も開花させつつ、「TAKESHIS'」「監督・ばんざい」などの実験的な作品を次々打ち出す迷走期を経て、「アウトレイジ」シリーズは娯楽作家として、死をドライに描きながら娯楽映画としての新境地とも言えるスピード感を手に入れた。


 しかし、コメディというものに対してはどこか映画の中に「笑い」を放り込むことにある種のテレがあるのではないか、とずっと思ってきたのだが、本作ではいよいよ「ベタ」というものを恐れなくなった北野武という監督の、新たな境地が見て取れた。



赤めだか

赤めだか


 今年、TBSで二宮和也主演で立川談春のベストセラー「赤めだか」がドラマ化されるのだが、そこでビートたけし立川談志を演じる。ビートたけし立川談志一門に弟子入りして、「立川錦之助」という高座名を持っている。つまり、そのドラマでは自分の師匠を演じるという事である。
 前作である「アウトレイジ」シリーズに関わってたのが2009年から2012年までで、その間に談志師匠は亡くなっている。そこになんらかの思いがずっとあったのではないか、と僕は思っていて、本作でも感じるのは、「立川流」の心意気である。落語でそれを示すことは出来ぬのならば、それをどのように談志師匠への思いを果たすのか。その直近の企画が、本作だったのでは無いか、とふと思ったのである。


 そしてこの映画を見た感想を一言で言うなら「落語だなあ、これは」である。




 老いてカタギの息子の世話になるしょぼくれたヤクザの元親分という哀感ただよう龍三(藤竜也)が、オレオレ詐欺にひっかかりそうになったのをきっかけに、暴走族あがりの詐欺集団と因縁を持つようになり、若頭のマサ(近藤正臣)など昔の仲間を呼び寄せて、もう一花咲かせようと試みる。
 人間というものは「可笑しい」生き物である。それを何のてらいもなく描けるのは「落語」の強みである。昔はその筋では知らないものはいない、荒くれ者たちも老いてめっきり衰えて、家族からはお荷物扱い、棺桶に片足突っ込んだものから、孫に喰わせてもらって寸借詐欺でしのいでるものやら、介護施設に入所しているものまで一様に冴えない老後を送ってる。
 だけど、それでも気概だけは若者には負けねえ。いっぱしのヤクザとしての誇りを取り戻すべく七転八倒する姿は、素直に笑いを誘う。荒っぽいが情には篤い、昔取った杵柄と昔かたぎの流儀で、ドライに洗練された「ビジネスマン」化した詐欺集団と渡り合う龍三たちだったが、1人の仲間の死をきっかけにいよいよ全面戦争と相成るわけである。さて。


 いよいよ全面対決だってんでおじいちゃんたちが大ハッスルするのであるが、そこで死体を使った笑いまで入れてくる。ここでもう、ちょっと「おお!」と思う。これは立川談志の十八番「らくだ」だ。もうちょっとここでぐっと来てるんだよね。死体にかんかんのうを踊らせろい!
 落語の力も借りて笑いをドライブさせつつ、やがて物語はかつての「こちら葛飾区亀有公園前派出所」もかくやのの大暴走シーンへと突入する。この辺はもうクライマックスにアニメのこち亀のBGMを流したくなるほどのてんやわんやの大迷惑を世間の皆様に振りまき、さすがにおじいちゃんヤクザたちに甘かった警察もやむなく出張ることになる。


 落語のペーソス、ギャグ漫画のような大ネタから、自身の経験による小ネタまで笑いに変えて、北野武という作家は更なる地平を行く。龍三とマサのラストのやりとりの「サゲ」も見事に決まり、万雷の拍手の中「えへへ」とテレながら一礼して高座の袖へと下がっていく「立川錦之助」の姿が見えるような、そんな「北野武」、還暦から古希へと近づいてなおますます盛んな新作である。大好き。(★★★★)


立川談志プレミアム・ベスト 落語CD集「らくだ」

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