虚馬ダイアリー

「窓の外」のブログ

「おおかみこどもの雨と雪」

toshi202012-08-02

原作・監督:細田守
脚本:奥寺佐渡


 「男は狼なのよ 気をつけなさい 年頃になったなら つつしみなさい 羊の顔していても 心の中は 狼が牙をむく そういうものよ」(『S・O・S』歌詞・阿久悠

 などという流行歌が昔からありました。まー、しかし、そうは言っても、好きになるとまあ、男と女ですもの、わりない仲になるもので、大学の授業でたまたま出会った男にひょんなことから好意を寄せた大学生のお嬢さん。名を花さんという。男は学生ではないけれど、聴講にきている男性で、名前はわからないけれど、まーすらっと背が高く大変にイケメンで、されどどこか影があるそのようすがまたよかったのか、あっという間に恋に落ち、しかし男はある日、見て欲しいものがある、と言って、彼女にとある秘密を打ち明ける。


 えー、さて。落語に「お若伊之助」という話がある。
 ある大店のお嬢さんであるお若さんが一中節を習いたい、だけど通いに出せるほど人に余裕がない、というのでお師匠さんを通いで付けてもらうことにした。ある火消しの親分さんの紹介でやってきたお師匠さんは、元は侍で、腕は確かだが、年は若くていい男。名を伊之助という。ひとつ部屋の中でふたりっきりで習っていると、お若はすっかりのぼせ上がって、すぐにわりない仲になる。
 事が露見して二人は引き離され、伊之助は手切れ金を渡されて、二度と会わないというけじめをつけ、お若はちょっと郊外の剣道場主である叔父の家に預けられる。だが、ある日を境にまた、お若のところに伊之助が通ってくるようになり、やがて、お若は懐妊する。
 それを知った叔父は伊之助の面倒をみていた親分さんに話をし、親分さんは伊之助を問い詰めるのだが、伊之助はお若のところには通っていないという。
 さて、通ってお若を孕ませた伊之助の正体とは?・・・という話なんだけれども、ネタを明かすと、それはタヌキにお若さんが化かされてたわけですな。


 かように、昔から人間と獣の異種交配の話は意外にあるもんです。


 
 で、この映画のお嬢さん、花さんの惚れた男は、本当におおかみだったのです。
 まー、それでも狼になってもようすが良かったのか、そのまま花ちゃんは彼(狼バージョン)と枕を交わして、やがて花ちゃんは懐妊をする。そして娘を出産。で、さすがおおかみ(?)、その後すぐに花ちゃんは2人目を懐妊。だが、2人目を出産した直後に、男は狼の姿のまま死んでしまう。
 花ちゃんは、一目を忍んでひとりで、半分人間、半分おおかみの二人の子を育てることにしたのでした。


 てなわけで、細田守監督による、「サマーウォーズ」に続いて、「映画の中で人生シミュレーション」シリーズ第2弾。今回は「出産・子育て」編です。


 都会の真ん中で、医者にも係らずに、せまいアパートの中で半獣人のふたりのコドモを育てることに、疲れ切ってしまった花さんは、アパートを追い出されたのを契機に一念発起、一目を忍んで生きるなら田舎でしょ、となって田舎に引っ越すけれど、結局地縁が必要になる、という話の流れになっていくんだけど、ああいう田舎の方が逆に生きにくい気はしますけどね。


 しかし、なんですな。なんで花ちゃんのお相手がおおかみでなくちゃならなかったのか。それについては正直よくわかりませんでした。人の社会に溶け込んで、人として生きるならそれこそタヌキにでもすりゃあよかったのでしょうが、やっぱりタヌキじゃさすがにだめだったんでしょうか。若い女の子が枕を交わすのに狸はダメだったんですかね。イケメンの狸なんていませんからね。

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 ただね、この映画の世界観は、どこか、「平成狸合戦ぽんぽこ」の続きの世界観をみている気がしていたのでした。狸が人間に合戦を仕掛けては敗れ、様々にそれぞれの方向性を模索してちりぢりになる。その中で一部の狸は人間社会にまぎれて生活し始める。
 人と狼がひとつの社会で共存できるか、と言われればデキはしない。狸でさえ、難しいのだからねえ。二人の子供は、一方は人間としての自我の中で、半分狼である自分に悩みながら成長し、一方は成長するごとに狼としての自我を抱えて人間社会から次第にドロップアウトしていく。


 花ちゃんの旦那になったおおかみおとこが、どういう経緯で人間社会に入っていこうとしたのかがこの映画では語られないのだけれど、多分「ぽんぽこ」で語られたような人間社会との軋轢の中で勝ち取っていった「知恵」なのではないかと思うのですよね。
 しかし、「狼」としての本能を制御するのが難しくて、ある日そのせいで唐突に死ぬ。

 それでも、彼が望んだのは人間社会に迎合してもなお、「未来」に「おおかみ」の遺伝子が残ることそのものだったのではないか、という気もします。そういう意味では、一方の子の「決断」は父親の本意に逆らっているようにも思えますけれど、それもまた「おおかみ」としては正しいのですかね。
 やっぱり狸の方が社会になじみやすくはあったんでしょうけど(まだ言うか)、ああいう形の別れを描くことは出来なかったでしょうねえ。それにしても、「決断」したあの子は「失踪」扱いになるんでしょうかね。(★★★☆)