虚馬ダイアリー

「窓の外」のブログ

「メアリー&マックス」

toshi202011-05-19

原題:Mary and Max
監督・脚本:アダム・エリオット


 仕事を終えて会社を出ると、ボクはふいにツイッターをみたり、ネットを確認する。ボクが会社にこもっている間も「外界」は動き続けていて、その流れを知りたい、と思ったりもする。そして、なにかをつぶやいたりもしてみる。誰に届くかも分からない言葉を、ネットの海へと放流する。


 ツイッターにしろ、フェイスブックにしろ、ミクシイにしろ。人がなぜそういったものへとのめり込むかと言えば、自らの存在を「外」の人に残したい、と思うからではないか、と思う。生きている。生きている。生きている。瞬間瞬間の「記録(ログ)」こそが、僕らの人生の連なりであり、そしてそれは同時に人生の一側面でしかない、ということでもある。
 毎日顔を合わせていても、愛や友情という言葉を使っても、人間は互いに深い理解をできるのか、というと、それは、難しい。簡単にはいかない。今こうして書いているブログを読んだからと言って、ボク自身の全てを理解できるわけではないだろう。しかし、それでもなお、人は、自分の中にある「何か」を残したいと思い、そこに「通信」を残す。

 誰に届くかもわからない言葉を受け取り、読み、あるいは書き、送る。人は、その言葉が誰かに届くことを欲している。


 この映画の主人公のひとり、メアリーが、誰かに届くかもわからない手紙を、海を越えた一人の男に送ったのも、そんな人間の「本能」だったのかもしれぬ。メガネに額にうんち色のしみがあって友達はいないけれど、聡明な少女・メアリーは、紅茶パックを作る工場に勤める親父と、アル中で万引き癖のある母親の間に生まれ、むかいには第二次世界大戦で、日本軍に拷問を受けて足を無くした老人が住んでいる家にいる、8才の娘である。彼女には友達がいない。憧れの男子はいるけれど、話しかける勇気もない。そんな女の子が、自分について書いた手紙を、面識もない人間に手紙を送ったのは、郵便局で母親が封筒を万引きしている最中だった。彼女は、郵便局にあった手紙の一部をひきちぎると、その住所に手紙を送った。彼女自身と彼女の回りのセカイの話をたっぷりつめこんで。
 やがて、もう一人の主人公・マックスにその手紙がとどいた。ニューヨーク在住、44才、独身、自閉症過食症の、身長190センチ、体重160キロの男。彼は人の表情で心が読めないがゆえに、彼は人と深い関わりになることが出来ずにいた。ゆえに彼は、彼の独自のセカイのなかで生きてきた。趣味は料理開発、アニメ鑑賞にフィギュア集めに、宝くじ、ペットは金魚と、目のつぶれた猫と、彼にだけ見える友人。そんな彼から見た世界は、実に不合理な世界だ。皆が正しいことをしない。なぜ、なぜもっと正しく生きられないのか。関を切ったように、マックスは思いをタイプライターに込め、一心不乱に叩き始めた。

 「文通」というかすかなつながり。しかし、彼の「外面」からは見えぬ、「内面」が表現されたマックスの文章は、メアリーをひどく喜ばせた。メアリーと、マックス。生まれも育ちも、年代も違うふたりの間に生まれた、そのかすかな絆は、20年という長い年月の間続き、その中で少しずつ、互いの人生に影響を与え始めてゆく。
 20年という時を経て常に成長していくメアリーと、20年という時の中で様々な経験を経ても変わり続けることない自分を貫き通すマックスの間には、やがて心をすれ違わせる事件が起こることになる。

 この映画はストップモーションアニメという技法で作られていて、メアリーとマックス、そして彼ら周辺にいる人物たちの造形は、極端に戯画化されているものの、世間から見れば「負け犬」と呼ばれるタイプの人々である。けれでも、監督は決して彼らを突き放しはしない。多くの欠点を持った人間という生き物に対して暖かく寄り添う。
 人は一人一人が、死というゴールに向かって「孤独」を生きる旅人である。しかし、彼らは、だからこそ、自分が生きた証を残したいと願っている。いいことも悪いコトもある。それでも、人はそのためなら、生きていけるのだろうと思う。


 マックスの波瀾万丈な20年。メアリーの希望と挫折に揺れ動いた20年。孤独な彼らの、消えかけた絆を最後につなぐのは、とある一人の男性の、「変わり続けよう」とする心が生み出す奇跡。
 
 ひとりの人生があらばこそ、人生は輝きを取り戻せる。ひとりひとりの人生に意味はある。たとえ世間がどう言おうと。絆を復活させたマックスとメアリーが映画のラストで見る、光景は、まさにメアリーとマックスの絆の「ログ」の集成であり、それはかれらの人生の「肯定」そのものである。
 ボクはそのラストに涙をこぼさずにはおれなかった。人生の苦さも甘さも描きながら、それを含めて人間という「生き物」への愛情をぱんぱんに詰め込んだ、暖かな傑作アニメーションである。(★★★★★)