虚馬ダイアリー

「窓の外」のブログ

「ちりとてちん」

toshi202010-12-06

脚本 藤本有紀




 「ようこそのお運びで、厚く御礼申し上げます。」(「ちりとてちん」冒頭ナレーションより)


 ブログもこういう気持ちでやらねばいかん。そう思うわけですが。さて。


 告白すると。ここ最近ブログ更新せねば、という突き上げるような欲求が摩耗してきていた。ホームページ開設10年という節目を迎えて以降、ふっ・・・と振り返ると俺は様々なものを犠牲にしてまで、こういうことをやっていたのではないか、というふいな脱力感の方が支配していたりもして、映画を見る、ということにさえ、情熱をたぎらせられなくなってきていた。
 仕事は確かに忙しい。肉体を酷使する仕事なので、帰ってくれば疲れてこんこんと眠り、休日も寝ていることが多くなった。しかし、それよりも精神的な摩耗の方が大きかったのかも知れない。


 そんな私が、物語を供給する術はもっぱらテレビ、ということになった。
 私はここ数年、テレビドラマをあまり本気で見てこなかったニンゲンである。人気ドラマ「相棒」ですら映画が公開されてからようやく知ったわけである。ぼくは、何かを取り戻そうとするようにテレビドラマ番組や過去のドラマのDVDを見ていたりもする。


 ひとつのエポックは今年の4月から放映され始めた「ゲゲゲの女房」である。ぼくはこの作品が始まると、かなり熱心に見た。「はてなハイク」というサービスでぼくは、実況や感想を行い、はてなハイクに付いているイラスト機能で、慣れないヒトコマ漫画を空気も読まずにがんがん描く(しかもマウスで!)ほどの、ハマリようを見せることになる。
 ボクは「朝の連続テレビ小説」という放送枠をここウン十年手をつけていなかった。はっきり言って、「面白くないわりに視聴率は取る」枠、という偏見すら持っていた(無論それを言葉にしたことはないけれど)。健全で、表現を規制された、面白味のないテレビドラマの健全ゾーン、とタカを括っていたわけである。


 ところが始まって淡々と見ていてから、数週間。ようやくヒロインが水木しげると見合い後5日で結婚する段になってからのエピソードの数々は、真に面白いものであった。無論「暴力やセックス」などというものは微塵もない。しかし、漫画家・水木しげるの孤軍奮闘し、それでもむくわれぬ漫画家の生き様を、見守るヒロインの目線は、そのまま視聴者の目とダイレクトで直結することになる。数ヶ月、日常に近いカタチでぼくらは水木しげるの人生に寄り添いながら、様々な成功や挫折を「見守る」ことになる。
 水木しげるという反骨の作家の失敗、挫折、そして成功、成功してからのスランプなど、まさに人生をよりそうように。最終週では涙を流すほどであった。
 こんな・・・こんな体験を出来る枠が、日本のテレビにあったのか!!おれはまさに目から鱗の衝撃であった。こんな楽しいことを、日本のテレビ視聴者はしてきたのか!そう思うと、おれは次なる快感を求めていた。


 しかしいま放映中の「てっぱん」は入り口がいまひとつで入り込めずにいる。では他にはなにかないのか・・・。
 私が活路を求めたのは、「NHKオンデマンド」である。


 連日の「地デジにしろ!」という攻撃を受けながらテレビを買い換えて、初めて、ボクはブロードバンドによるオンデマンド放送という存在を認識した。そこにあったのが「NHKオンデマンド」である。
 NHKオンデマンドでは、過去に好評を得た番組を配信する「特選ライブラリー」という枠があり、過去の大河ドラマや朝ドラも数多く配信されている。その中から俺が目をつけたのが、朝ドラ枠でも、とりわけ人気の高い「ちりとてちん」の配信だったのである。


 福井の若狭市に小学生の頃引っ越したヒロイン・和田喜代美( 貫地谷しほり/桑島真里乃(少女時代))。そこには若狭塗り箸を製作する祖父が居た。父親はかつて塗り箸職人を目指していたが、なにかのきっかけで塗り箸職人をやめて以来、祖父との折り合いが悪かったが、それでも再び塗り箸職人になろうと帰郷したのであった。
 祖父は作業しながら、何かのテープを聴いており、それは「落語」というものであるらしい。彼女が聞いていたのは、かつて上方落語の名人、徒然亭草若が福井に来たときに演じた「愛宕山」であるという。ヒロインは祖父の元へと通い、毎日のように「愛宕山」を聞いては笑っていた。
 細々と若狭塗り箸職を営む祖父には、ライバルがいた。かつての愛弟子であり、今は「塗り箸」を大量生産する企業を興して成功した「もうひとつの和田家」・和田秀臣である。そしてその娘はヒロインと同じ読みである和田清海(佐藤めぐみ/佐藤初)であった。
 おなじ読みで同級生から比較されることも多く、気立ても良く常にアイドル的優等生の「清海」(以下エーコ)はA子(エーコ)、運動・勉強・人気すべてに劣る「喜代美」はB子(ビーコ)とあだ名され、それが長く、ヒロインのコンプレックスとなっていく。
 やがて、祖父はムリが祟って倒れ、やがて死の床につく。そんな祖父が残した言葉がある。

「人の人生も塗り箸と同じ。塗り重ねた物しか出てこない。それは最後にきれいな模様になって見えてくる。」


 この言葉はやがて、この物語を包括するひとつのテーマとなっていく。ヒロインはやがて高校生へと成長するも、コンプレックス丸出しのネガティブ志向の少女であった。そんなヒロインが文化祭での失敗を機に変わりたいと思い、高校卒業してから急に一念発起大阪に出るも、頼りにしていた知り合いに出会えず、結局大学進学していたエーコの元へと転がり込む。
 そんなヒロインがひょんなことから、アルコール中毒の落語家(渡瀬恒彦)に出会う。その落語家の名は「徒然亭草若」。かつて、祖父が熱心に聞いていた「愛宕山」を演じた主である。しかし、ヒロインと出会った頃にはすっかり落ちぶれて、落語も演じていない。そんな落語家を熱心に世話する弟子が居て、その男が「徒然亭草々」。この凸凹師弟のところへ居候することになったヒロインは、この後どうなるのでしょうか!
 ・・・というのがまあ、何週かのおおざっぱなあらすじ。


 このドラマには多彩な登場人物がいて、特に強烈印象を残すのが、ヒロインの母親・和田糸子である。マイペースで行動的な母親が常にヒロインの周辺をひっかきまわす。
 彼女の強烈なキャラクターが大阪と福井・若狭のドラマを結ぶ。若狭の2つの和田家や親友・順子ちゃん、徒然亭の人々やその周辺の人々、福井で出会った憧れの女性ライター・緒方奈津子など、伏線を張り巡らせながら、それぞれに人生模様があることが、次第に見えてくる、その手際に感嘆すること仕切りである。

 ヒロインの父親のリベンジ、和田秀臣の箸への屈折した愛と栄枯盛衰、徒然亭草若復活への道、その4人の愛弟子達それぞれの成長や挫折、もうひとりの「ヒロイン」エーコを待つ波瀾万丈など、いくつもの「塗り箸」たちが、様々な模様を浮き立たせていくのである。


 「朝の連続テレビ小説」すげえっ!(いまさら)


 順調に見える人生にも様々な挫折があり、失敗がある。コメディ色を交えながらも地に足付いた話運びで、ヒロインだけじゃなく、さまざまなニンゲンの喜び哀しみを切り取り、「落語」と「若狭塗り箸」を通して描ききった藤本有紀のシナリオの筆力には感服した。まさに傑作と言えるドラマでありました。
 未見の方は現在、NHKオンデマンドにて絶賛配信中で、最近になって「特選ライブラリー」見放題というものが始まって、私が見た時よりさらに安価に見ることができるらしいですぜ!


 金を払ってでも見たいテレビドラマがある。そういうものあることにいまさらながら衝撃を受けたワタクシである。ファンの方からみれば「なにをいまさら」ではあるでしょうけれども!未見の方は、是非「一見(いちげん)」していただきたいと、拙にして切に願い筆を置きます。


 拙文乱文にお付き合い頂き、ありがとうございました。またのお運びがあれば幸いであります。(★★★★★)


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ちりとてちん 完全版 DVD-BOX II 割れ鍋にドジ蓋

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