虚馬ダイアリー

「窓の外」のブログ

3月4月の感想書き損ねた映画たち

「お嬢さん」(パク・チャヌク

 世にも美しく歪な変態ミステリー映画。純粋を装う生まれ育った朝鮮が嫌い元泥棒の侍女。日本語にうんざりな日本の貴族お嬢様。伯爵を装う詐欺師に、日本人になりたい朝鮮人の富豪。4人が邂逅する事で始まる物語は誰も見たことの無い世界へと誘う。パク・チャヌク恐るべし。
 日本に併合されてた頃の朝鮮と言う設定で日本語台詞がやたらと飛び交うのも面白いんだけど、それがこの映画の舞台となる富豪の家が和洋組み合わさった歪な館で、それと相まって現実世界から隔絶された世界観へと繋がっている。だから最初違和感あるんだけど終盤は全く気にならなくなる。
 コンゲームの要素もあるんだけど、そこには性愛なしでは成立し得ない展開が多いのも面白い。男が望む女性への願望と、女性が望むものにはズレがあるんだけど、それを知り尽くしながらどこまで利用できるかが勝利の鍵となる。誰が勝つのかは相手を知り利用できた者。まさに頭脳戦である。
 朝鮮を舞台にしていながらそこから隔絶された無国籍感溢れる館を舞台とする事で、小道具の使い方も粋だ。きちんと種を見せながら展開を読ませない伏線回収も見事で、「あ、ここでコレが!」と思わされる展開も多い。ラストの展開も非常に納得度高い。

(★★★★)

「アシュラ」(キム・ソンス)

 アイゴーアイゴー。傑作。最高。
 主人公の悪徳刑事は冒頭10分で人生が詰みになるので、後は人生投了する以外にないんだけど、病身の妻を抱えているので金が要る。だから人生下りずにひたすら悪人だらけのワンダーランドを彷徨うおとぎ話。自分たちの悪事でがんじがらめでどこにもいけない男たちの哀歌でもある。

 基本的にチョン・ウソン演じる刑事は冒頭ですでにこんな感じなのであとはもう堕ちるだけという絶望感満載で始まるので、あんまりかわいそうではない。可哀想なのはこの地獄に巻き込まれた弟分のほう。

 ファン・ジョンミン演じる市長は基本的に人間のクズみたいな人なんだけど、人物像にブレがないのと欲望に基本的に真っ直ぐなので見てて一番気持ちがいい。なんか人を籠絡しようとする時、藤田和日郎先生が描く悪役みたいな笑顔になるのが最高に気持ち悪い(褒め言葉)。
 ちなみにこの映画で俺が一番イケメンだと思ったのは刑事の弟分のチュ・ジフン

 ・・・ではなくクァク・ドウォン演じる検事の部下を演じるチョン・マンシク!映画ではコワモテで荒事をこなし、ならず者相手に一歩も引かない武闘派。でも笑うとチョー可愛い!
 「アシュラ」のチョン・マンシクさんのベストショットはここ!クソカッコいい!ここで、俺の中で渡辺謙を越えたね!世界に羽ばたけチョン・.マンシク兄貴!

(★★★★★)

「少女は悪魔を待ちわびて」(モ・ホンジン)

少女は悪魔を待ちわびて [DVD]

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 「サニー」「怪しい彼女」のシム・ウンギョン主演の復讐サスペンス。例えるなら能年玲奈ちゃんが外ではホワホワした空気を振りまきながら、裏では父親を殺した殺人鬼への復讐を計画する修羅と化している、みたいな話。可愛い顔してアグレッシブな復讐するヒロイン。
 さすが韓国の復讐モノは恨みの熱量が深い。ヒロインが本当に刺し違える覚悟で復讐を練っているので、最初ヒロインが殺人鬼側を押しまくる。そして、殺人鬼側が彼女の存在に気付き逆襲へと至るのが終盤なのだが、その殺人鬼相手に指すヒロインの一手がこの映画のミソ。
 この映画の特異点はヒロインが復讐を練っているなんて普段はおくびにも出さないところ。ゆるふわ愛されキャラで元刑事の娘って事で警察にもきっちり信頼を獲得してる辺り抜け目がない。この辺は「少女」という「武器」の使いどころ。そしてそれは復讐計画に連なっていく。
 ただ、警察が凄まじく無能なのが残念かなあ。殺人鬼がモーテルから逃げる段で、被害者の部屋に死体を発見することなく鑑識が撤収しちゃってるのはギャグだと思った。

(★★★)

「哭声 コクソン」(ナ・ホンジン)

 ネタバレ。ワンちゃんかわいそう。


一言で言えば「訳がわからない。」。でも怖い。恐ろしい。面白い。ところどころに聖書ネタをぶち込んでくるのはナ・ホンジンが熱心なキリスト教信者らしいけど今までの作品でそれ感じたことねえー(笑)。誰が善で誰が悪か、宙ぶらりんになったまま放り出される感覚はすごい。
 結局誰が悪かったんだ!と言う方向性でこの映画を見ると、思考が迷走する映画と思う。実際俺、未だに混乱してる←お前かーい。信じられる人間が誰もいない不安。悪が誰かかも特定し得ない混乱。しかし迫り来る恐怖は厳然としてある。例えるなら足場のないジェットコースターね。
 おそらく一応物事の因果がストンと腑に落ちる答えがあるんだろうけど、観客にそれを噛み砕いて教える気が監督にないね。だからもうみている間「なんなの!」「なんなの?」「・・・なんなの・・・」と色んな「なんなの」が頭の中に浮かんでは消える。不安が最後まで消えない。
 上映時間長すぎて忘れてたけど、序盤は結構愉快なへっぽこ警官と出来た娘の日常を点描していて、それが後半に効いてくる作劇というのは、なかなか堂に入ってたなあーと。ナ・ホンジンってこういう作劇出来るんだ!って感じはあったかな。娘さん役の子が新人女優賞取ったのわかる。

(★★★☆)

「ラビング 愛という名前のふたり」(ジェフ・ニコルズ

ラビング 愛という名前のふたり [DVD]

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 しみじみといい映画すぎてもうね。なんかこう。つええ。この夫妻つええ。
 パンフでルース・ネッガが「夫妻は怒りという感情にしがみつかなかった」という洞察が深い。白人の夫と黒人の妻というカップルが結婚し子を持ち、当たり前に暮らす事を禁じられ、紆余曲折を経て裁判という茨の道に至る。そんな彼らに怒りを表す余裕はないという。
 この映画のクライマックス、ある種扇情的な展開をこの映画は意図的に避けて裁判の間も淡々と生活をするラビング一家の日常を点描する。この裁判はアメリカ社会において画期的な裁判となるが、勝とうが負けようがふたりはこの生活を続けるだろうと思わせる力強さ。
 ふたりにはもちろん様々な感情のうねりが身のうちにあるだろう。裁判によって嫌がらせを受け、黒人の友人の対応も変わる。しかしその上でそれを押し殺しながら、「愛」のために裁判を続ける事で「意思」を示す。身のうちの「怒り」すらも「愛」への推進力にする。
 だからこの映画は「英雄の話」という感じがまるでない。伝記映画感すらない。「とある夫妻の意思が必然の結果を呼び込む」物語に見える。それがたまたま「アメリカ社会を変えただけ」という。多分結果が伴わなくともふたりの愛は揺るがない。そう思わせる映画だ。

(★★★★)

「SING/シング」(ガース・ジェニングス)

 良かった。こう言うシンプルな直球ど真ん中の「歌が人生を肯定する」のど自慢映画。王道な物語をてらいもなくやり切ったのが気持ちがいい。善も悪すらも包み込むところもいい。歌い出せば恐れは消えていく。ちょっと人生に疲れたおっさんにもこういう映画は効く。
 しかし「マイウェイ」って本当にいい唄だよねえ。

(★★★☆)

わたしは、ダニエル・ブレイク」(ケン・ローチ

ケン・ローチ監督の静かなる怒りに満ちた傑作。政治はだれを生かし、だれを殺すのか。心臓を悪くして働けなくなった、頑固で跳ねっ返りの老大工の視点を通して描く。あなたはだれだ。

 この爺さんは英雄でもなければ悪人でもない。口うるさくて頑固でデジタル音痴だが、長年仕事をしながら妻の介護を続け、我慢強く曲がった事はきらいで困った隣人には迷わず手を貸す人情にあふれた大工だった。しかし心臓のせいで職をなくした事で福祉の世話になる。
 医師から働く事を止められ、しかし福祉からは就労可能と言われ給付金を打ち切られる。働きたいけど働けない、でもって福祉は彼を突き放す。同じように福祉から見放されたシングルマザーのケイティを救うのは政府ではなく、同じ境遇のダニエルと言う皮肉。
 福祉を民営化に移した事で福祉からあぶれたイギリスの社会的弱者の現実を否応なく描いているが、それでも楽しく見られるのはダニエル爺さんのキャラクターに負うところが大きい。ぼやきながらも諦めずに食らいつき、困難な状況にあってもケイティに手を貸す情の深さ。
 この映画は「情けは人のためならず」な人情の大切さを描いているが、その限界を描いてもいる。彼らの困難や貧困はほんのボタンのかけ違いから起こった事で、彼らを救うのは構造的な社会問題を解決するしかないのである。この映画は政治が救えるものを描いてもいる。

(★★★★☆)

「ムーンライト」(バリー・ジェンキンス

ムーンライト スタンダード・エディション [Blu-ray]

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 個人的にはすごく真っ当にフツーにいい映画。人生の師匠的なオトナの男がヤクの売人、優しかった母はその男が売るクスリで壊れていき、たったひとりの心許せる親友はある事件ですれ違ってから疎遠になる。大人の裏を知り、母の愛を疑い、友とのすれ違いに後悔する。ある人生の点描。
 我々の中にもある風景。大人に裏切られた気持ち、母の愛を失う怖さ、友との気まずい別れ。それでも人生は続く。我々にも代替可能な人生の話。でもそれこそがこの映画が黒人映画の成熟を示すもの。被差別の話ではなく、人種性別生志向関係なく共感可能な人生を黒人主人公で描く事。
 黒人映画は過去の歴史を振り返り、被差別者として、社会的弱者として、人生を落伍したら這い上がれずひたすら殺し合いの地獄を見るとかそういう映画ばかりだった。だが、「ムーンライト」はその連鎖から黒人を引き上げた。シャロンは黒人だが、私たちなのだ。
 黒人社会のリアリズムを失う事なく、現実からは目を背けず、黒人以外の人種だにも広く深く物語を共有させる高みにまで近づけたからこそ、この映画は非常にエポックであり、評価されてるのだと思う。びっくりするほど普通の人生賛歌。だからこそこの映画はスペシャルなんだと思う。

(★★★)

夜は短し歩けよ乙女」(湯浅政明

 あえてアニメ映画としての気負いを排してテレビアニメ版「四畳半神話大系」を雛形として正統進化しつつ、映画的快楽をも持ち合わせるに至った快作。四畳半ファンは納得の仕上がり。
 星野源の先輩はどうなるかと思ってたけど、クライマックスの進撃してくる乙女に対して、朦朧とした頭で脳内会議を始める場面で本領を発揮。頼りなさげな声の洪水が否応なくリアル。神谷浩史だと声が力強すぎるもんなー。この辺は逃げ恥を想起させるところでもある。
 見ていて思っていたけど、見た目が可憐で声が花澤香菜でも、酒豪で武道をたしなみ基本男に興味がない「黒髪の乙女」は中身が慈愛に満ちたおっさんみたいなので、普通に好感持ってしまった。割と言い寄ってきた男は「お友達パンチ」と言う名の鉄拳制裁をするの面白い。

(★★★★)

PとJK」(廣木隆一

PとJK [Blu-ray]

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 少女漫画的シチュエーションラブコメと演出、キャスティングが噛み合ってないのが面白い。「警官と女子高生の結婚」と言うファンタジーめいた設定と、当て馬的不良キャラの函館の街の底を漂う生活のリアリズムの配分の高低差がすごい。函館の上流と下流の落差たるや生きる世界が違う感。
 ふわっふわな警官と女子高生の結婚というシチュをリアルに落とし込めるかが眼目だったとは思うんだけど、ヒーローが警官として向かい合うもののリアリズムを描けば描くほどシチュが浮く。それを繋ぎとめてたのは土屋太鳳の圧倒的色気のなさだったのは皮肉。つか太鳳ちゃんつよそう。
 正直、土屋太鳳ちゃんを普通の女子高生として見るのが難しい。走るにしても自転車乗るにしてもいちいち動きがキレキレで、ヒーローに守られるキャラと言うより守る側でしょ。こんな肉体派な普通の女子はいない!亀梨くんは怖そうだけど実は繊細なキャラに合ってただけにバランスがもう。

(★★★)

「ゴースト・イン・ザ・シェル」(ルパート・サンダース

 これは賛否あろうが、面白く見た。士郎正宗先生の原作の映画化ではなく、押井攻殻を翻案した作品として見るのが正しい。チョイチョイ押井ファンがニヤリとするようなワードとが散りばめられてて、作り手の押井愛が炸裂してる感も好印象。リスペクトは深い。
 話としては電脳化技術はそこそこ進んでいるが、義体技術はまだ黎明期という設定。スカヨハ義体の少佐が本当の自分を探す話。話としてはやや古臭くなった感はあるけど、ネットが発達した今となっては少佐がスカヨハ義体を手放す理由もないのでこの終わり方を支持する。
 やっぱりスカヨハの「身体」ならぬ「義体」自体が魅力的で、彼女のアクションで駆動する映画になってるのは、押井攻殻よりも評価できる点。彼女の身体で義体の身体性に説得力を持たせてるのはアニメで出来なかった事で、身体を離れず自分を獲得する物語に回帰してる。
 もちろん押井攻殻を超えたという気は無いが、実写化企画としては成功の部類に入るんではないか。ふんだんに予算を使って、スカヨハを主演に出来たのはとにかく大きい。たけし演じる荒巻が終始日本語なのも電脳化社会の解釈としては面白い。
 俺が本作を否定できないのは、それをする事でスカヨハの魅力そのものを否定するような気がするからだ。スカヨハの義体を作ったジュリエット・ビノシュ演じるオウレイ博士にノーベル賞をあげたい。

(★★★☆)

「人生タクシー」(ジャファル・パナヒ)

人生タクシー [DVD]

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 日本より一歩も二歩も先行く人権無視のディストピア、イランより届いた、映画製作を止められたイラン人映画監督によるイランで上映できないイラン映画。タクシーから世界を撮る。政治的に反骨な映画でありながら娯楽的、記録映画のような虚構でもある。パナヒ監督は俺のヒーローだ。
 一言で言うと「笑ってはいけない」シリーズのバス移動パートのタクシー版とも言える。監督自身が運転手を務め、車載カメラやスマホ、デジカメで撮影。きっちり仕込みを入れ、客に「今の客、役者でしょ?」なんてメタ発言も入れつつ、虚実入り混じるパナヒ監督のタクシー行脚。
 元々娯楽的な「オフサイド・ガールズ」みたいな意欲的な作品を撮ってきたパナヒ監督が政治的に政権と対立して映画製作を禁止され、ゲリラ的に映画を作らざるを得ず、そのアイデアの中で生まれたのが傑作「これは映画ではない」であり本作である。この反骨、この逞しさ。素晴らしい。

(★★★★)

「PK」(ラージクマール・ヒラーニ)

PK ピーケイ [Blu-ray]

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 早稲田松竹にて。噂にたがわぬ大傑作だった。笑って泣けて広くて深い。まったく見事なエンターテイメントでありながら、底に流れる問いは下手なアート映画よりも深い哲学がにじみ出る。凄まじかった。観てよかった。ありがとうインド。ありがとうPK。

(★★★★★)

「イップ・マン/継承」(ウィルソン・イップ)

イップ・マン 継承 [Blu-ray]

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 「求めた強さの先にあるのは愛であるべき」という気恥ずかしいほどにまっすぐな映画だった。名を成し戦う時も最少限度の動きと力で敵を沈黙させるイップ師匠と、天才だけど不遇で野心的、どんな相手も全力で叩き潰す同じ拳の使い手チョン・ティンチとの対比も面白い。
 面白かったのはまっすぐで清く正しく技も心も誰よりも強いイップ師父が、周りの面倒に首を突っ込みほったらかされる妻や、運に恵まれず正しくない方法で日銭を稼ぎながら名を成そうとする者からどう見えるか、と言うのを忌憚なく描いているところ。正しさは時に毒にもなる。
 我々凡人は常に正しくはいられない。弱い。師父はまっすぐに道を極めるために妻を置いてけぼりにしてきた悔いを持ち、道を捨ててでも妻に尽くそうとする。そしてその愛を返すように奥さんは師父を道へと戻す。愛を得た拳は、1人の不遇な青年を救済する。この流れが美しい。

(★★★★)

「ライオン 25年目のただいま」(ガース・デイビス

 あかん。これあかんやつやで。兄・グドゥと別れて幼サルーが壮絶なる迷子生活を始める序盤でほぼ壊滅的に涙腺が崩壊してる。一言で言えば「はじめてのおつかい」壮絶迷子編ですよ。こんなの泣くわ。しかも大人でも一人旅が怖いインドやで。ハードモードすぎる。
 綱渡りに次ぐ綱渡りで生き抜く序盤の迷子編だけでも俺の涙腺軽く決壊してるけど、そこに四半世紀の時の流れというドラマ。何不自由なく生きることがこれほどまでに辛いというサルーの引き裂かれるアイデンティティ。そして探り当てる故郷への道。そこで待つ真実!
 実話ならではの容赦なさと残酷さ。それでも、それでもサルーの心はかつてない平穏を取り戻す。そりゃそうだよな。彼はずっと旅を続けていたんだ。どこへ行っても彼は旅の途中だったんだ。誰も彼の「ホーム」にはなり得なかった。ホームになり得たのは「兄」だけ。

(★★★★)