虚馬ダイアリー

「窓の外」のブログ

「アウトレイジ」

toshi202010-06-14

監督・脚本・編集: 北野武
衣装: 黒澤和子
音楽: 鈴木慶一


 『あなただけが生き甲斐なの。お願い、お願い。捨てーなーいでー。

 ・・・てなこと言われてその気になって』青島幸男・作詞「ハイそれまでヨ」)


 ヤクザ映画でバイオレンス。北野エンターテイメントが帰ってきた。


 ボクはそれなりに面白いらしい前作「アキレスと亀」が未見のままなのだけれど、それ以前の「TAKESHI'S」や「監督・ばんざい」という、駄作・珍作と呼ばれるそのまえの2つはしっかり映画館で見ていて、実はその迷走自体はわりと好意的に受け止めてたりする人間で、「座頭市」で「客を呼べるエンターテイメント」としての映画を撮れる、という腕を担保に心の迷走を続けた7年という年月は決して無駄ではなかったな、と思えた。

 「TAKESHI'S」で「ビートたけし」を「北野武」として眺めるという試みを行い、「監督・ばんざい」で別に好きでもないジャンルのあらゆるパロディをやっては引っ込めやっては引っ込め、みたいなことをしつつ、映画を見るのはあんま好きじゃないオイラだけど、それでも映画が撮り続けたい、という覚悟を決めて、さて。今年。「お得意のジャンル」と言われるバイオレンス映画に帰ってきたわけだけど。


 先祖返りではなく明らかな変容がひとつ、あるとすれば。それは、「ビートたけし」演じる大友という男は、この話の主役、というわけではなく、ピラミッドで構成されるヤクザ社会の、どちらかというと末端に近い位置にいるチンピラくずれの孫請け組長であり、決して彼が話の中心にいるわけではない。
 脚本上はあきらかに配役を「アテ書き」しながら描いているにも関わらず、である。

 ピラミッドの上には、好々爺の皮をかぶった寝技大好き陰険野郎な本家組長・北村総一郎、腹に一物も二物も抱えながらもおくびにも出さずに参謀役に徹する本家若頭・三浦友和などがいて、ピラミッドの中間にいる、子会社組長の國村隼は、彼らのご機嫌をうかがいながら、孫請けのたけし組に面倒ゴトを押しつける。
 中間管理職の國村組長は、たけしを使うときにもいろいろ気を遣いながら「たけちゃん、頼むヨ」などと言いながら、さじ加減のむずかしい威嚇や、策略や荒事を依頼し、たけし組長は「めんどくせーな」とボヤキながら、それを渋々遂行するわけだけど。
 そういう「万事屋たけちゃん」組には面倒ゴトを嬉々として行う手練れが、それなりに揃ってる。荒事が得意なイケメン若頭・椎名桔平を筆頭に、寡黙だけどキレると冷徹な本性を露わにする策略・ビジネス担当のインテリヤクザ加瀬亮、情報源には大学時代の後輩で、今は八方美人のマル暴刑事・小日向文世がいる。

 きっちりとしたタテ社会。上から言われたことには逆らえない。横のつながりよりも縦のつながりが大事とされる世界の、明らかに下の方にいるたけちゃん組は、バイオレンスの最前線にいるわけである。だから当然、この映画も暴力と血と死にまみれている。
 


 さて、キタノ監督の迷走前と後。あきらかに違うことが一つあるとすれば、それは「たけし」が血と暴力と死に彩られた人生の中で、それでも生きることに固執することである。破滅したいんじゃない。たとえ待っているのが破滅だったとしても、彼はいいように使われる暴力の世界にうんざりし、そこからいくらかましなところに這い上がりたいと願う。それはかつて、「破滅」することに憧憬を抱き、自己愛と自己嫌悪のはざまで甘美な死を抱くかつてのたけし映画で演じた「たけし」とはあきらかに違う。
 だから今回の「たけし」は潔くない。みっともなく、ずるく、そして情けない。良くも悪くも「醜い大人」である。


 本家組長のささやかな甘言に「その気」になったたけし組がやってしまった「裏切り」は、結果彼らを破滅に導く。それでも、たけしはその破滅を甘んじて受けようとは決してしないのである。


 ヨーロッパ好み?の自己陶酔の色が消え、暴力も死ぬことも全然かっこよくない!こんなにみっともないんだぜ!と言ってみせる。美しくない暴力のタペストリーがこの映画である。
 いい意味でのやくざ顔がそろったこの映画で、生き残った奴らのメンツを見てみると、この映画の真のメッセージがわかる。「どんなに凄んでみせたところで、やくざなんてやってる奴は、一握りの人間以外死んでもしゃーないバカばっかり」だってことだ。やくざなんかやってる時点で「ハイ、それまでヨ」なのだと。それはたけし演じる大友も例外ではない。魅力的なキャラが大挙登場しながら、自らを含めた登場人物たちへの冷徹なまでの割り切りは、かつてのキタノ映画にはなかった気がする。
 自己愛と自己嫌悪の狭間に懊悩としてきたキタノ監督が、長い旅を経てすべてを吹っ切って真の娯楽作家へと近づいた快心の一本である。(★★★★)