虚馬ダイアリー

「窓の外」のブログ

「ジュリー&ジュリア」

toshi202010-02-05

原題:Julie & Julia
監督・脚本:ノーラ・エフロン
原作:ジュリー・パウエル、ジュリア・チャイルド


 お久しぶりの更新になります。


 1ヶ月以上まったく映画感想に手もつけない、という事態を迎えたのは久しくないのですが、まあなんというか。正直なところ、まったく心が映画感想から逃げ腰になっていたのだと思います。私の心の変調はどこにあったのか、自分で思い返してみるとそのきっかけは、去年、10周年を迎えたことと、「ゼロ年代を振り返る」企画に参加したことだと思うのです。ちょうどわたくしがサイトを立ち上げて映画感想を始めてからここまで約10年。そしてゼロ年代という旗艦は、私が映画感想を書いてきた時期とほぼ重なっていました。
 ゼロ年代を振り返り、そこから作品を選び出すという作業は、自分の中にある種の苦痛をもたらしました。痛みです。私の10年は映画を「選別」するためではなくて、等しくすべての映画をあまねく体験しつつ、そこにあるなにかを引き出そうとする作業であり、つまり「映画」ないし「物語」がなければ私の10年はないのです。


 そこから「選別」するという作業は気楽に始めてみたものの、実際やってみると体調が悪くなりそうなほどのストレスを感じました。とにかくつらい。


 毎年年末にやっている「ベスト企画」でさえ、選別して順位づけする痛みを軽減するために、あえてアトランダムなシステムで決定することで乗り越えてきたアタクシです。深く考えれば考えるほど、「選別」するのはつらいことでありました。そして、振り返り選別し終えて結果を出した瞬間、なにかが私のなかで崩れ始めました。要はわたくしがWEB活動しているすべてを振り返り、10本20本を選び出したところで、「そうか、これが自分の10年の結果」か。と思ってしまったのです。そうなると、もはや自分の10年とは「これ」を選び出すためにあったのか・・・、と思えてしまい、映画感想をただひたすらに振り返らずにやってきた10年に「なんの意味があったのか」と自問自答する結果になりました。

 そんな私が、1月の半ばに見たのが、「ジュリー&ジュリア」でした。


 この物語は二人の女性の物語であります。しかし、二人は最後まで直接交わることがありません。彼女たちをつなぐのは一冊の本でありました。


 1949年。ジュリア・チャイルドはフランス・パリにやってきます。外交官の夫に連れられて、そこで生活を始めることになった彼女は、生き甲斐を求めてさまざまなことに挑戦します。その中で彼女が見つけた生き甲斐が「料理を作る」ことでありました。
 一方。2002年。ジュリー・パウエルは作家の夢をあきらめ、9・11後の市民相談係に勤めている女性。同年代の友達はみんな重要なポストに就いてキャリアアップしている中、自分はただ今の仕事を続けていることに漠然とした不満を感じている。そんな中、彼女が始めるのがジュリア・チャイルドの処女料理本「王道のフランス料理」のレシピを1年間で作り上げることでした。


 この映画が面白いのは、1940年代末から1950年代後半にかけて、未知なる街で人生を切り開こうとする女性の物語と、彼女の未来が決定している2000年代に、彼女の影響を受けてブログを始めるアラサー女性の物語を並行して描く試みです。
 ジュリア・チャイルドを演じるメリル・ストリープはすでにテレビでおなじみジュリア・チャイルドというキャラクターを演じているのに対し、ジュリー・パウエルを演じるエイミー・アダムスは等身大の女性の自己顕示とジュリアへの憧れがないまぜになったブロガーとしての心理にのたうちながら、企画を遂行していく姿を魅力的に演じてみせる。


 貫禄の名女優VS当代きっての若手女優の演技対決、としてもかなり高いレベルで拮抗した映画として楽しいのですが、ジュリア・チャイルドの人生は彼女の個性で楽しめるのに対し、ジュリー・パウエルの人生は、ボクの人生に非常に近く、またブロガーがブログを続ける上で思う、さまざまな葛藤が「うんうん、そうそう」と非常にリアルな感じで練り込まれているので、他人事とは思えない感じで観ている自分がいました。

 ジュリーがブログを始めてしばらくして、彼女がブログについて「暗闇に向かって文章を放り込んでいる感じ」というのは、まさに言い得て妙で、「誰が読んでいるの?」という思いで続けているのですが、やがて彼女が読者の数を視認できるようになるや、調子に乗って「あたしのブログを○○人が待ってるんだから!」などとまるで「自分が読者たちの教祖」であるかのようにのたまい、夫に「彼らには彼らの人生があるんだから調子に乗るんじゃねーよ」と言われてケンカになる一幕とか、「うわーうわーうわー」という感じで観てました。
 ボクがジュリー・パウエルなら、僕の中でのジュリア・チャイルドは誰か、というなら、やはり「m@stervision」さんだったりするのかもしれません。この映画は、なんかブログを始めたころの自分の深層にかなり高いレベルでつながっている映画で、ホームページをなんの手応えも感じない中でも、試行錯誤しのたうち回りながら作り続けた自分を思い出したりもしました。


 ジュリーはやがて、ブロガーとして成功して、やがて、かつて志した作家への道へと向かうのですが、この映画が重要なのは、その過程にこそある気がします。

 この映画は二人の女性の物語ですが、彼女たちの間には約50年という時の隔絶があります。それを埋める1冊の本。その本を作り上げた女性と、その本によって人生を変えた女性。二つの物語を交互に語っていく構成になっています。そして彼女たちがリアルに出会うことはありません。ジュリーは理想化された「ジュリア・チャイルド」への憧れを素直に語るけれど、「ジュリア・チャイルド」だって一人の人間として悩み、苦しむ姿もこの映画はすっと出していく。時代も彼女たちを巡る環境も全く違うけれど、自らの人生に情熱を持って「何か」を生み出そうとする姿は、やがて少しずつシンクロし始めます。その時、二つの人生は時間も場所も越えて、キッチンという舞台でつながっていくのです。


 この映画の結末は「ふたりをつなぐ本」の見本が、キッチンで料理にいそしむジュリア・チャイルドのところへ届くところで終わります。この終わり方も非常にスマートで素晴らしく、また、人生に仕事以外の情熱を持てる場所があることの幸せを、改めて教えられた映画でもありました。この映画に関わった方々すべてに、感謝したい映画です。(★★★★★)


ジュリー&ジュリア (イソラ文庫)

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