虚馬ダイアリー

「窓の外」のブログ

「BALLAD/名もなき恋のうた」

toshi202009-09-11

監督・脚本・VFX山崎貴
原案:臼井儀人原恵一


 この世に不思議なことがあるように、映画にも不思議なことがある。さてそれは如何に。


 一人の女性の祈りが、一人の少年を呼び寄せ、一人の武将を救い、時代に一時、「現代」の空気を残して、去っていく。思えば「青空侍」はそういう映画であった。
 しかしまあ、なんだ。個人的に映画クレしんシリーズでは、実は「オトナ帝国」より好きな作品がかような形で映画化されたこと、まずは無謀と思われた。で、実際はどうであったか。・・・うん、その、なんだ。頑張った。山崎監督、あんた頑張ったよ。あたい、キライじゃないよその頑張り。背伸びっぷり。
 でも時代劇の演出修行をあと10年くらいやってみても良かったね。
 原恵一山崎貴の才能の差は歴然の二人なのであえて比較するつもりはなかったのだが、大筋をオリジナルからきちんと踏襲してしまった分、山崎監督の時代劇における演出力の弱さが、特に日常の所作の部分で如実に出たのは痛かった。合戦シーンは予算のなさを、得意のVFXでなんとか無難にやり過ごしてはいたものの、殺陣もいまひとつ決まらず、特撮のレベルも特筆するレベルまでは到達しておらず、アニメの戯画化があらばこそ成立していた「車で戦場突破」部分を実写でやると、途端に説得力がなくなるのは、さすがに苦笑いになってしまう。


 さて、ではこの文章の本題。映画の不思議とはなにか。


 俳優のキャスティングの使い方次第で映画が救われることがある。この映画を見て、一番面白かったのは、ある男がこの映画の表舞台に転がり込むところである。


 この映画、現代と天正時代、ふたつの時代が描かれるわけだけど、山崎監督のリアリティは「現代」にある。
 小学生の川上真一が、ある日ひょんなことから戦国時代にタイムスリップ。そこは天正二年の春日の国の戦場である。そこで結果的に侍大将である、井尻又兵衛の命を救ったことから、真一は春日の国のお姫様の廉や、又兵衛とその家臣たちと交流を持つことになるわけだが。この序盤の又兵衛と真一の交流部分はちょっとおさまりが悪い。天正時代の場面、小道具・大道具、セットなどかなり作り込んではあるのだが、肝心の役者の肉体が「現代人」なので、どうにも「ギャップ」による面白さの部分がいささか弱い。斉藤由貴がかなり違和感なく「飯炊き女房」を演じていてしばらく斉藤由貴だと気付かなかったほどハマっていた他は、ちょっと、こう、天正時代の格好をした現代人の肉体を持った人間たちにしか見えなかったりするのだが。
 そんな「天正時代」に2人、現代から新たな闖入者が現れる。真一の親である、川上暁・美佐子夫妻である。


 面白かったのは父親・川上暁演じる、筒井道隆である。


 このキャスティングが白眉だった。スクリーンを通してみると一目瞭然なのだが、彼、だれよりも戦国時代が似合わない男である。彼が天正時代の風景に重なった途端、凄い違和感あったもの。
 彼が天正時代に現れた途端、相対的に他の登場人物が急に「天正時代の人間」に見えてくる。これは発見だった。すごいな、道隆。あんたすごいよ。しかも、ここまで脚本上、観客の「ギャップ」による笑いを誘う仕掛けが序盤ではことごとく外していたにも関わらず、道隆登場以降、「ギャップ」による笑いの部分に観客が反応しだす。
 又兵衛演じる草なぎ剛が、「TOYOTA」印の車にいろいろリアクションをしていると、いろんな意味でパロディコントに見えるのだけれど、そのシーンに道隆パパが映り込むだけで、ギャップによる笑いが成立する空気が出来上がる。一人の俳優が映画を救う瞬間がある。


 無論この映画のストーリーのメインは、又兵衛と廉姫の悲恋であり、野原一家、じゃないや川上一家は、狂言回しでしかない。そして、現代人が天正時代の姿をしただけの演出では、身分制度が残る「戦国」の世にに哀しく散った「現代」の「自由」の空気を孕む恋、という部分は、どうしても「演出」の弱さが、「深い感動」を呼び起こすまでには至らない。
 しかし、それでもこの映画を追い続ける原動力は、実は筒井道隆からの目線である。戦国時代がもっとも似合わない男が言う。「確かに俺は無力だけれど、それでもなにかしたい。力になりたいんだ。」と。そう、本当に戦国時代では明らかに無力っぽい筒井道隆が言う、この説得力ね。そこに、現代人の我々もつい、「そうだよね道隆。おれもそう思うよ。」と声をかけてあげたくなるほどの共感が生まれるのだ!!



 ・・・・まあ、筒井道隆にここまで共感して見ていたのは俺だけかもしれないけれど、それでも、川上一家は戦国時代で出来うる限りのことをやり、そして真一少年は、又兵衛から大切な何かを得て現代に帰還する。
 戦国時代に一瞬の「現代」の空気を多分に孕んで現れ、そして去っていった男、「ザ・現代人」筒井道隆パパも、きっと、戦国時代から様々な力を得たに違いないのである。(★★★)