「映画 深夜食堂」
監督:松岡錠司
原作:安倍夜郎
脚本:真辺克彦/小嶋健作/松岡錠司
原作コミックもドラマ版も見ないで鑑賞だったんだけど。うーん。よかった。
- 作者: 安倍夜郎
- 出版社/メーカー: 小学館
- 発売日: 2007/12/26
- メディア: コミック
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新宿の裏路地のどこかにあるめしや。知る人ぞ知る店で、営業時間は午前0時から午前7時くらい。メニューは豚汁定食と酒類。ただし、居酒屋ではないから酒は3杯までがルール。そして、リクエストがあれば作れるものは喜んで作るってのが人気の秘訣。人呼んで、だれが付けたか「深夜食堂」。
そこに惹かれてやってくる客たちの悲喜こもごものドラマを、めしやのマスター(小林薫)が一人語りするスタイルの構成で、ドラマ化は第3シリーズまでされてるそうな。本作はその映画版である。
物語は三幕。第1話「ナポリタン」はパトロンを失った愛人稼業の女性(高岡早紀)と、若くしがない純朴なサラリーマン(柄本時生)の恋の顛末。第2話「とろろご飯」は東京でなんの因果かすってんてんになり、深夜食堂でとろろご飯を食い逃げしたのをきっかけに、マスターのお世話になる、料理上手な娘さん(多部未華子)の話。そして第3話が・・・うん。これは後で。
この映画での白眉のひとつが第2話の多部未華子ちゃんなんだなあ。
この話の多部ちゃんがとにかく金がなくって漫画喫茶をねぐらにして、場所を転々としてる。真夏でシャワーだけではどうにもならない体臭を、本人も気にはしている。けれど、ついには金もなくなり、食うに困って移動する合間にみつけた裏路地のめしやで、マスターがちょっと前から気にしていた手首の痛みに気がゆるんでる間に、食い逃げしてしまう、ってわけ。後日、マスターにあやまりに来た多部ちゃん。そこで彼女は店員として働くことを志願する。マスターは困りながらも、とりあえずそっと小銭を渡す。そしてこう言う。「とりあえず風呂に入ってきな。」と。
こうして、マスターの手の痛みが引くまでの間、娘さんは深夜食堂でマスターの手伝いをすることになる。
というわけで、この「ちょっと香ばしい匂いを放つ多部ちゃん」というのが、ちょっとフェティッシュなんだなあ。エロスとまではいかないが、この「かわいいけれど、ちょっと独特のにおいをさせている女性」という設定と多部ちゃんの組み合わせの妙が、第2話の肝と言っていい(いいのか?)。しかも、「自分の体臭をかぐと落ち着く」という妙なくせまであるんだから、たまりませんよね?ね?(聞くな。)
めしやのマスターはパーソナルな過去や日常を明かさないのが、原作やドラマの鉄則だったんだけど、そこにちょっと踏み込むことになるのが若い多部ちゃんというのもいいんだなあ。しかも、めしやの2階に住み込んでしまうってんだから、おだやかじゃないですよ、って感じでね。マスターと多部ちゃんの距離感も絶妙でいいんだなあ。
こういう、なんとも恋愛にいきつかないまでも、独特の距離感でつむぎあう情と情のふれあいのドラマってのが、第2話はほんとうに素晴らしかったし、松岡監督らしい演出で多部ちゃんの魅力を引き出していたように思う。
そして、第3話「カレーライス」。ここからは震災にまつわるドラマになっていく。
東北にボランティアに熱心に通っていた、常連さんの先輩であるあけみちゃん(菊池亜希子)は、なぜか最近ボランティアを休んでしまっていた。その原因となった男が福島から上京してくる。それが仮設住宅で避難生活を余儀なくされていた、40がらみの被災者の大石謙三(筒井道隆)であった。彼はなんとあけみにプロポーズしたのだという・・・ってな出だし。
最初は、あけみを追い回すだけの困ったちゃんに見える謙三だったが、やがてボランティアと被災者という、心のすれちがいが見え隠れする、というシナリオが素晴らしくて、そこにマスター特製のカレーライスが絡むという、そのさじ加減がまたいいんだ。ボランティアする側の事情と心の揺れ、被災者側がたどってきた翻弄される人生。そこから生まれたねじれが、謙三とあけみの間に横たわる。
人はきれいなだけでは生きられない。時にきたなさ、ずるさを抱えながら、生きていくこともある。
それでも、おれたちはあなたを待ってる。そう結ぶこの映画は、ただのテレビドラマの劇場版では終わらず、松岡錠司監督の手腕によって、確実に「映画」の芯を逃さない作品に仕上がっていると思ったのでした。大好き。(★★★★)
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