虚馬ダイアリー

「窓の外」のブログ

「チェイサー」

toshi202009-05-29

原題:The Chaser 追撃者
監督・脚本:ナ・ホンジン


 その日は彼女にとって「厄日」だった。「ゴミ」からの電話。風邪で臥せっている私に、客を取らせようとする。最低だわ。チクショウ。娘は哀しそうな目で私を見る。この仕事が終わったら・・・この仕事やめてやるわ。絶対に。
 こうして、彼女は「最後の仕事」をしに、街へと消えた。
 


 この映画を見ていて気づいたこと。


 ネプチューン堀内健はすごい!



 というわけで(え?)、上映終了直前に豊洲に駆け込んで、話題の「チェイサー」を見てきたわけですが。

 
 不穏な空気というものはどういう風に醸成される者だろうか。この映画が本当に恐ろしいのは、常に予感があるからである。なにか、オソロシイ、ことが、待っている。この映画はすでにハンニンが「何をしたか」については始めからある程度分かっている。分かっていないのは被害者以外の人間たちだけで、観客は「それ」を目撃する。・・・いやま、させられる。
 そして、一人の男が、ハンニンを(まったく別の理由で)捕まえ、警察に引き渡す。それで事件は終結へと向かうかと思いきや・・・全然終息する気配がない。この先に、まだ、なにか、あるんですよ。そんな空気が劇場に充満する。


 ハンニンを捕らえた男・ジュンホ(キム・ユンソク)は見た目は小太りな大森南朋って感じの元刑事で、デリヘルを経営。金で女性をあっせんして相手によっては、示談交渉で金を引き出して上前をはねる生活をしている男。雇っている女たちからは軽蔑され、人妻からは「ゴミ」とまで呼ばれている。
 彼のあっせんしている女が、姿を消した。きっと俺の元から逃げて、上前をはねたに違いない。そう思っていたところに、その女の相手「末尾番号4885」があっせんを依頼してきた。この男が女をどこぞに売ったに違いない、と踏んだジュンホは、風邪でふせっていた、その「ゴミ」と陰で彼を呼んでいる女・ミジンを呼び出し、失踪した女の行方を追おうと試みる。
 ミジンは風邪を押して、その「4885」と会い、彼の言うままにある屋敷へとやってくる。そして、彼女は、おぞましい体験をすることになる。


 数時間後、屋敷から出てきた男と、ミジンの行方を追っていたジュンホは偶然事故に遭い、男が「4885」と気づいたジュンホは彼をしこたま殴りつけたあと捕らえて、警察に引き渡す。「4885」の男。名はヨンミンという。


 このヨンミン演じるハ・ジョンウの演技こそが、この映画を常に不穏なものにしている。そして、逮捕された時点で誰も彼の「したこと」に気づいていない。そして、観客は彼の「素顔」を知っている。その中で、つねに卑屈な笑顔でにやにやしているこの男は、「素顔」を知らない人間には「乱暴な男に殴られた哀れな男」と映る。
 この、なんともいえず、おぞましい生き物を、ハ・ジョンウはかなり高いレベルで演じているのだが、映画を見ていて、思い出したのが、ホリケンこと堀内健だった。


 前から「とんでもない男」という認識はあって、「ザ・ドリームマッチ」という番組での異様な存在感や、「アメトーーク」での「ホリケン大好き芸人」などで、ほぼ確信に変わったんだけど、彼の芸のスタンスというのが笑いのためにギャグをやるのではなく、「ギャグをやるためにギャグをやる」という、そういうことをやりきってこの芸能界を生き抜いてきた人である。しかも、芸能人のオン/オフ関係なく。彼はある意味、ネプチューンの「マスコット」的に扱われることが多かったが、実は最近になって、彼が「ネプチューン」のネタ出しをすべて彼がやっていたことが判明して、さらに驚愕したのだが、ま、それはともかく。
 彼が、本当の怪物性を発揮するのは、ネプチューンという枠から出た時である。それでも彼は基本スタンスは変わらない。「空気が読めないんじゃない、読まない」というのは爆笑問題太田光と似ているが、太田光が比較的「頭」で意識的にキャラを切り替えているのに対し、彼は身体的に「そのキャラ」を手放さない。このブレなさが、彼の芸人のしての「不穏」を増していく。
 その彼が、今放送している「ザ・クイズショウ」というドラマに出て、30代後半なのにニートで誘拐の実行犯なのにクイズ番組の回答者、というよくわかんない役をやってたんだけど、それがね、とんでもなかった。ま、話自体は「なーんだ」ってところへ収束していくんだけど、つかみのホリケンの笑顔が、もう、本来の彼の芸風と相まって、ハンパなく怖くて。ほんとに狂ってるようにしか見えないの。「うわー、うわー、こいつ何するんだろう」という、嫌な予感しかしない感じで。


 で、そのハンニンであるヨンミンを演じるハ・ジョンウを見ていて、その「ドラマに出ているホリケン」を思い出して、それからはハ・ジョンウが「やせこけたホリケン」にしか見えなくなっちゃって困った。・・・あの褒めてないように読めるかもしれないけど、褒めてますよ、ええ。
 もう、何考えてんのか、よくわかんないもん。ジュンホが「こいつ、俺のあっせんしてる女を売った」と主張して、警官に「女を売ったのか」と聞かれたヨンミンははりついた笑顔で「売ってない」と答えたあと、にやにやしながら・・・「コロシチャッタ」ってぼそっと言うんだよね。警官が「え、なに?コロシタ?」と聞き返し、ヨンミンが「いやなんでもないです」と言うんだけど、警官はさすがに聞き逃していないから、問い詰めると、笑いながら「ええ、殺しました」と自供する。


 もう。なんつったらいいか。このやりとりを見てて、うわーわけわかんねー!と思った。だって・・・あそこ、まるで自供する雰囲気じゃない場面じゃんか。でも、ものすごくリアリティがあって、もうわけわかんなかった。こいつ、リアルホリケンだよ!と。もう、俺の中では脳内変換でホリケン吹き替え余裕ですよ。


 このわけのわからない、ヨンミンの振りまく空気に、ジュンホも刑事たちも完全にいらついてくる。その結果、この映画は警察の迷走と、事件を追ううちにこの事件の抱える真の闇に肉薄していくジュンホたちをすりぬけるように、「真の悲劇」へとまっすぐに突き進んでいく。


 ただねえ・・・。この「真の悲劇」がねえ。見ている間中、「うわあ、馬鹿、おまえ、やめろよ!」とマジで口に出しちゃったくらいの、あんまりな展開にびっくりしたんだけど、ちょっとさすがに作為が過ぎるというか、「偶然」というには語り手の悪意があまりに露骨な展開に、「さすがにお前、それはないだろう!」と思ったので、そこがマイナス点となって傑作と断言しづらいところではあるのだけれど。
 ただ、変則叙述ともいうべき話を、ここまで完成度の高い形で成立しえたのは、ひとえに、ホリケン並の演技力でホリケン並の不穏を生み出した、ハ・ジョンウの演技にあることは間違いないと思う!


 重ねて言うが、褒めてますからね。絶賛だかんね!(★★★★)