虚馬ダイアリー

「窓の外」のブログ

「007/慰めの報酬」

toshi202009-01-30

原題:Quantum of Solace
監督:マーク・フォースター
脚本:ポール・ハギス、ニール・パービス、ロバート・ウェイド





 007シリーズの中で私が最も愛したボンドはダニエル・クレイグなのでした。



007/カジノ・ロワイヤル」感想
http://d.hatena.ne.jp/toshi20/20061203#p1


 前作からの正続編、という「ボーン」シリーズのような出足である。


 前作の彼が僕は大好きで、大好きで、大好きである。前作の白眉はなにかというと、新人時代のボンド、という設定にしたことで、ダニエル・クレイグを通して、ボンドの中に秘める不良性を惜しげもなく晒した点にあると思う。
 スパイという職業が持つきな臭さ、ヤクザの裏返しのような凶暴性をスーツに身を包むことで、なんとか抑えようとするボンド。だが、新人時代のボンドの押さえの利かなさは、ギャンブルに対して冷静さを失いやすい性格や、恋に落ちたらスーツを脱ぎ捨て、メール一本で任務を放棄したことにも現れている。しかし、だからこそ、クレイグボンドは一個人として魅力的だった。スパイとしての欠点こそが、彼の人間性の発露でもあったからだ。
 だが、スパイとしての矜持すら忘れさせるほど愛した女に裏切られ、死なれ、ジェームズ・ボンドはどこへ向かったか。


 彼はスーツを着ることを選ぶ。それはMI6という組織の呪いとも言えるスーツを。


 そんな彼をMはあまり信用していない。当然といえば当然だ。「アタシ」より「別の女」を選んでトンズラこいた男を誰が信用できようか。ボンドを信頼すべきか否か。Mもまた、一人の人間として揺れている。


 ヴェスパーはなぜボンドを裏切ったのか。その糸口が意外な大組織へとつながっていく。MI-6にすら工作員を送り込めるほどの、「影」の組織の存在。スパイとしての矜持を取り戻したボンドは己の復讐心との相克に苦しみながらも、組織につながる男、ドミニク・グリーンの目論見に近づいていく。
 その過程で出会った女・カミーユ。彼女もまた、ある人物への復讐を胸にドミニク・グリーンへと近づいていた。


 この映画の寂しさは、クレイグ・ボンドが前作で発散していた「不良性」がなりをひそめ、カミーユとの出会いによって、「復讐」という行いがどのようなものかを冷静に見つめていく素地ができていくところだ。つまり、「スーツ」の中に自分の「凶暴性」をきちんとコントロールしていく術を、映画が進むにつれ、ボンドは獲得していく。それは「00(ダブルオー)」の数字を手に入れた男の話としては、当然の帰結である。
 しかし、それは女王陛下のために愛する者すら忘れ去らなくてはいけない、その運命を受け入れたことになる。それは、人間としての大事ななにかを捨てることでもある。それでも、「慰めの報酬」があるのなら。それはプロフェッショナルとしての誇りとMからの信頼、ということになるだろうか。


 こうしてダニエル・クレイグは007として真の帰還を果たした。だが、僕の愛したクレイグ・ボンドは消え去ってしまったのか。いや、きっとそのプロフェッショナルな中に彼の素顔がちらとのぞく瞬間があるかもしれぬ。そんな瞬間を期待して、これからも彼を追いかけたい。(★★★☆)