虚馬ダイアリー

「窓の外」のブログ

「アメリカを売った男」

toshi202008-03-10

原題:Breach
監督:ビリー・レイ
脚本:アダム・メイザー/ウィリアム・ロッコ/ビリー・レイ


 20年以上に渡り、組織を裏切り続けた実在のFBI捜査官ロバート・ハンセンが逮捕されるまでの2カ月間を、彼の部下として送り込まれながら彼のしっぽを掴もうとするエリック・オニールの視点から描くサスペンス。


 個人的にクリス・クーパーというと、「アメリカン・ビューティ」の「気難しい隣人で軍人」であるフィッツ大佐役での演技がもっとも印象深くて、保守的な人間が体面を守るために必死に保とうとする「父性」のイメージが、ラスト近くで一気に崩壊する哀しみが鮮烈に映し出されていて、「アメリカン〜」が賞レースを総なめにした中、なんであの年のアカデミー賞助演男優賞にノミネートすらされなかったのか、分からないのだけれど。


 ビリー・レイという監督はドキュメンタリー・タッチという演出手法を駆使する人ではあるのだが、「ニュースの天才」の時も感じたが非常に「犯人」側のエモーションをかなり情緒的に描く人でもある。今回も意外と追い詰められた「悪人」の側の方が、人間くさく見えるのは、ビリー・レイの監督としての個性なのだと、思う。
 一見理想的な捜査官の顔を保ちながら、徐々に真綿で首を絞めるように組織が自分を追い詰めていることを知り、焦燥を深めていくそのクリス・クーパーの演技は非常に素晴らしく、俺はもう、彼の逮捕の瞬間、ぼろぼろ泣いたもの。こういう、「崩壊する父性」を演じさせたら、クリス・クーパーは最強だと思う。


 しかし。今回、犯人側を情緒的に描くやり方が、前作ほどうまくいってないようにも感じられるのは、20年も組織を裏切ってきた男にしては、あまりにも挙動不審すぎること。彼を追い詰めるライアン・フィリップの演技があまり上手くないせいもあるのだが*1、どう考えても部下の裏切りをハンセンは、把握しながら自滅しているようにしか見えない。シナリオ上では、明らかに「オニールがハンセンを手玉に取りました」という風に流れていくのだが、演技力の点で言えば、ライアン・フィリップは演技が見え見えすぎる。
 演技合戦としては、クリス・クーパーが圧倒的優勢だったのが、かえって仇になったの感もある。この映画の真意とはまったく別のところで、ハンセンは自滅したように見えた。部下にすら裏切られ、疑われたことに絶望した男が自滅の道を行く。そう見えたからこそ、俺は多分泣いたのだ。


 作り手側の目論見とはべつのところで、クリス・クーパーに救われている。クリス・クーパーの醸し出す「父性を演じる男の哀れさ」の体現こそが、この映画最大の見所になっているところが、この映画の欠点であり、魅力でもあったと思う。(★★★☆)

*1:その点を考えると、前作のピーター・サースガードは上手かった