虚馬ダイアリー

「窓の外」のブログ

「容疑者Xの献身」

toshi202008-10-04

監督:西谷弘
脚本:福田靖
原作:東野圭吾



 最初、「あれ?」と思ったのは、実は「ガリレオ」のドラマシリーズの方だった。


 「ガリレオ」は東野圭吾の「探偵ガリレオ」シリーズのドラマ化なのだが、その企画を月9に持ってくる、というのはものすごくリスキーな感じがした。
 結果として、犯人役はおろか端役にすら豪華キャストを投入する戦術と、福山雅治が演じる「変人ガリレオ」こと湯川学の特異なキャラとイケメンぶりを強調する演出が相まって、若者のドラマ離れが加速する昨今ではかなり健闘したわけだが・・・・ただ。うん。なんだろう。この企画自体の成立には、いろいろ違和感があった。


 それが明らかになったのはシリーズも終盤に入ってから。フジテレビは「容疑者Xの献身」映画化を発表する。


 ドラマの映画化ブームに火をつけた「踊る大捜査線」にしても、質的にも興行的にも成功を収めた「木更津キャッツアイ」にしても、今年映画化された「相棒」にしても、その企画自体は決して優遇された位置からスタートしたわけではないし、企画にしたってあくまでも「局の看板枠」を張っていたわけではない。映画化される作品は、基本的にドラマ自体の視聴率は意外と芳しくないものが多い。
 逆だったのである。
 「ガリレオ」のドラマ企画の前に「容疑者Xの献身」映画化があったのだ。映画化権を獲得したが、ただ映画化するだけでは、興行的には地味に終わりそうな企画である。ドラマシリーズが始まったのが去年の秋。そしてドラマシリーズと平行してすでに準備に入っていて、ドラマシリーズが終わったと同時に、「容疑者X」の撮影に入ることも出来る体制を整えた。
 ドラマによる地ならし、人気の獲得は五分五分としても、それでもまずはその「ガリレオ」シリーズの概要を世間に示すには「月9枠」は有効だ。ちょうど「月9枠」自体が視聴率的に厳しい闘いを強いられていた、という事情も奏功した。原作にいなかった*1内海刑事を投入したのは、ドラマに女性としての視点を入れるためだろうから、しょうがないとして、それでも世間の認知があるとないとでは、興行的な意味ではまったく違う。


 西谷監督は、「容疑者X」映画化の布石としてのドラマシリーズまで作りつつ、それと並行して準備し、満を持して完成させた。それが本作である。


 よって本作はドラマ「ガリレオ」の劇場版ではない。ドラマと地続きではあるが、「容疑者Xの献身」の映画化なのである。そして主人公は、湯川学ではなく、彼をして「真の天才」と言わしめる男・石神哲哉である。


 石神は数学者として大学で研究を続けたかったが、家庭の事情で大学を辞め、今は高校の教員をしながら、アパートで一人暮らしをしていた。だが、ある日アパートの隣の部屋で殺人事件が起こり、彼は犯人である母娘による殺人のもみ消しに力を貸すことになる。死体遺棄、アリバイ工作、そして警察への対応。被害者「らしき」死体発見後も、彼は完璧な指示を母娘にくだし、警察はそれに翻弄されていく


 そして事件は、湯川学に持ち込まれることになる。彼は事件の容疑者の隣に、石神が住んでいることを知り、興味を持つ。


 ドラマシリーズが総じて「How」(どうやって?)が基本のミステリであり、超常現象と見まごうような事件のトリックを湯川が解く。彼は基本的に加害者の心情に興味がない。
 だが、湯川はこの映画で「Why?」(なぜ?)の部分に自ら踏み込んでいくことになるわけだが、それは石神という男の特質にあった。石神は湯川の同窓であった。湯川は彼を自分と同質の人間と見ている。殺人などという非合理なことを、石神はしない、と考えている。だが、内海が持ってきた大森での殺人事件に彼の影が浮かび上がる。


 原作では「ダルマの石神」と呼ばれる丸顔だが、堤真一はあえて演技で「天才、だけどモテない中年」を見事に演じてみせる。映画役者としての存在感は、さすがの一言で福山雅治を完全に喰っている。
 そして。それが正しい。この映画は湯川に共感する映画ではなく、石神、もしくは「犯人」花岡靖子に共感するように作られている。この映画において、湯川は傍観者の立場である。被害者は花岡母娘にたかる穀潰しであり、男の腐ったような男である。殺されても仕方がない・・・かのように思えた。
 だが。この母娘を救うために、石神は何をしたのか。その全貌が、少しずつ明らかになっていく。


 映画化として、完璧な映画だとは思わない。原作ファンはもっと言いたいことあるだろう(その登山シーンいるの?とか)。映画ファンは映画ファンでツッコミたいところもあるだろう(なんで急に登山すんだよ!とか)。自分もこの映画が、デキとして傑作・秀作と呼ばれる域までいけているとは思えなかったし、いろいろ言いたいことはある。
 けれど。テレビドラマ出身というスキルと人脈を生かしつつ、本作の企画を完成させた西谷監督の粘り強さと、石神の「生き様」に最後まで寄り添い続けたその脚本と演出によって、この映画は凡百のテレビドラマ映画化企画とは一線を画したものになっていると思った。
 本来の目的である映画化というゴールを目指して突っ走り、走りきった西谷監督の執念。そこにあるのは「容疑者X」への「献身」。その苦闘の日々に敬意を表しての★4つ。(★★★★)

*1:新シリーズになって、原作にも登場。