虚馬ダイアリー

「窓の外」のブログ

「ガチ☆ボーイ」

toshi202008-03-02

監督:小泉徳宏
脚本:西田征史
原作:蓬莱竜太



 プロレスをやりたい、と思ったことはないが、見るのは好きである。学生時代まではそうでもなかったんだけど、社会人になってからしばらくして、プロレス観戦が趣味の同僚と、よく見に行った。女子プロやマイナー系団体から、ノアのでっかい興業まで、結構幅広く見てきたのだけれど、それぞれに団体の運営の仕方が違うし、それぞれにそれぞれの良さがあった。
 彼らに共通するのはただ一点。彼らはプロであるから、素人が普段見れないようなものを、「物語」の中で見せきることにある。よく「演出」を嫌う人々が「嘘じゃん」というけれど、それは違う。きちんとした段取りの中から、生まれてくる真実を、生で見ている人間はびしびし感じる。それがプロレスの醍醐味だと思う。
 なんの背景もなく、ただ、ただプロレスへの愛が昇華したとき、リアル格闘技からは決して感じ取ることの出来ない「奇跡」が現出する。俺は2005年のベストバウトと呼ばれる「小橋建太vs佐々木健介」戦を生で見たとき、初めてプロレスで偽りのない滂沱の涙を流したもの。ノンタイトル戦にも関わらず、ただ、プロレスラーとしての相手への敬意とともに、死力を尽くして相手の技を受けきり、そしてあらん限りの力で技を繰り出す男たちの美しさ。そこにあったのは、プロレスへの限りなく純粋に近づいた「愛」だと思った。そのとき、勝敗は完全に無意味になる。
 限りなく泥臭い。ダサい。だからこそ美しい。「ガチ」のプロレスこそ、もっとも美しい格闘技だと俺は思う。
 


 プロレスを材に取った映画の題名に「ガチ」とつける。これは、プロレスの魂の言葉であり、これを題名に冠するからには、それなりの覚悟が必要である。


 正直、難病+プロレスという取り合わせがいまひとつピンとこなかったのだけれど、学生プロレス、という「プロ」でないアマチュアの同好会の中に、プロレスラーのような「真剣勝負」を持ち込むことはできないという前提にたった上で、そこに「ガチ」の魂を見せる動機付けとしての「記憶が1日しか持たない」という設定は、なるほどな、と思う。
 それなりに個性的な面々(サエコ演じるマネージャーの立ち位置は絶妙だと思う)による文化系格闘技サークルの日常と、次第にあかされていく主人公である新入部員・五十嵐(佐藤隆太)の苦境。彼はなぜ「ギブアップしない」のか。なぜ「安全第一」のサークル活動で真剣勝負を挑むのか。それは、記憶できなくなった優等生がたったひとつ手にしているのは、この五体満足な「身体」と生来のメモぐせのあるマメな性格だけだから。ひょろひょろの体の主人公が、学生プロレス界のスター2人に真剣勝負を仕掛けるクライマックスにたどりつくまで、この映画はその裏にある「物語」を埋めていくのだが。
 小泉監督はきちんとコメディ演出もできる、いまどき珍しい日本映画監督であるけれども、正直に言うと、「難病って大変よねー」と強調する難病押し演出でかなり興をそがれる箇所もあって、正直「うぜえ」と思うところもある。洗練されてない。正直言えば、ださい。泉谷しげるが居酒屋で「こんなはずじゃなかったんだなあ」とかぼやくシーンとか、失恋を知った主人公がバスを降りてしばらくして突然の雨がドザー!とか、「うわー!」と見ているこっちが赤面する恥ずかしさ。だせえ。ださすぎる。


 だが、そのだささが、クライマックスで「裏返る」。プロレスとはださいスポーツだ。真剣にやればやるほど、泥臭い。かっこよくない。洗練からはほど遠い。だからこそ、小泉監督の「ダサい難病演出」すら、プロレスは力に変える。変則的な物語に見えたその物語が、クライマックスで行われる試合は「限りなく王道」であることも、この映画の力になる。
 相手の技を幾度となく喰らいつづけ、それでも決して倒れない!なぜなら、プロレスは「僕の生きる道」だからだ!これから先、何度も消えては読み込み、消えては読み込みしていくしかない僕の人生。それでもプロレスやっている「身体」だけは嘘をつかない!だから、僕は「プロレス」にどこまでも純粋でいたい!


 試合も終盤。相手の技を喰らっても立ち上がる五十嵐に、次第に応援コールが入る。彼が3カウントを逃れるたびに会場の客席から足を鳴らす音が響く。そして、どこまでも泥臭くあがくだせえ男に、声援を送らざるを得なくなる、この感触。ここでプロレス観戦のなかで幾度となく見てきた、「ガチ」の美しさを思い出し、その輝きがスクリーンを覆い始める。
 この映画を俺は決して「秀作」とはいえない。なぜかというと、プロレス以外の難病の部分で「泣かせよう」とする意図の演出に「不純」を感じるから。ただ、クライマックスにプロレスの「ガチ」の美しさを垣間見せた以上、佳作と呼ぶに決してやぶさかではない。最後の最後、3カウント取られちゃったなちきしょう!好きです、この映画。よって★半個追加。(★★★☆)