虚馬ダイアリー

「窓の外」のブログ

「かもめ食堂」

toshi202006-04-07

監督・脚本:萩上直子


 「富士には月見草がよく似合う」とは太宰治が書いた言葉だが、全編フィンランドロケで撮られたこの映画を見た後なら言える。


 フィンランドには片桐はいりがよく似合う」by 俺


 いやびっくりした。あまりにもピタっとはまってて。違和感ゼロ。日本ではブス女優の代表格のイメージだが、あの強烈な容姿がフィンランドでは違和感にならない。むしろ、ちょっとエキゾチックな美人に見える。この映画のコンセプト、そして、片桐はいり。これで、この映画の成功は決まった。と言ったら少し過言<過言かよ。


 萩上直子監督の作品って初めてみたのだが、こんな巧い監督が日本にいたのか、と思った。なにより全編異国で撮られてて日本なんて全く出てこないのに、なんだか妙にほっとするのだ。肩の力が適度に抜けた演出、なにげない会話の中に生まれるおかしみをすくい上げるユーモアが、押しつけがましくない人情物語にぴたりとはまり、実に楽しい。日本ではかつてあったが、今はなくしてしまったなにか。それが、この映画の中に横溢しているような気がする。その「なにか」は巧く言葉にできないのだが、漠然としたイメージでは「空気感」だろうか。
 「ALWAYS」はノスタルジーという記号で郷愁を喚起したファンタジーだが、この映画は逆に日本とはまったく無縁な異国において、日本人が持っていたおだやかに生きる姿勢が自然とにじみ出るファンタジーである。物語としてはフィンランド・ヘスシンキの一角に出た日本人が経営する食堂が満席になるまでの話なのだが、この映画において重要なのは、結果ではなく、そこに至るまでの過程。小林聡美演じる食堂の店主は行列が出来る店を作りたいのではなく、「自分と客が共に気持ちよく過ごせる場」を、如何に作り出すかに重きを置いているように見える。
 そんな彼女の姿勢に引き寄せられるように少しずつ、かもめ食堂には人がやってくる。適度に個性的で、適度に変。そんな人々。特に、もたいまさこの有り様はなんか凄いリアルで、彼女の立ち居振る舞いの端々に、かつて日本でしてきたであろう苦労をしのばせるあたりは、なんか圧倒された。


 人にはそれぞれ事情がある。そして人は、変わらずにはおれない。


 この映画に出てくる3人の日本人女性も、フィンランドに足を向かわせたであろう、本当に苦しかった過去を語ることはない。だが、彼女たちはそれぞれの人生を経て、今「ここ」にいる。それだけでいいじゃない、と流す。その過去も変化も、彼女たちは問うことをせずに、受け入れる。だから、観客はこの映画に癒される。
 気が向いたらふらっと映画館に入って、この映画を見た人は、泣いちゃうんじゃないだろうか。そんな秀作であります。気合いを入れすぎずにご覧ください。(★★★★)


追記:あと、話には聞いていたが、出てくる料理がすげえうまそうなんだ。それをまた客がうまそうに喰うんだな。ちょっとため息がでちゃうほどに。客はほとんどがフィンランド人だから、そのうまさを言葉で表現しないんだけど、だからこそ、さりげないリアクションが全てを物語る。そして、それが映画に説得力を与えているんですよ。唸りましたね。おなかが。<そっちか。