虚馬ダイアリー

「窓の外」のブログ

「探偵はBARにいる2/ススキノ大交差点」

toshi202013-05-15

監督 - 橋本一
脚本 - 古沢良太須藤泰司
原作 - 東直己


 文章を書く、ということはどういうことだろうか。


 文章に出るのは、書く人間の自意識である。俺はこう見られたい。俺の事をこう見て欲しい。俺はこうなりたい。文章を書くと言うことは、「俺はこういう人間なんですよ。」という自意識の発露であり、読む人間に対して無意識にその願望がにじみ出るものである。

 探偵に名はない。「俺」である。
 彼は携帯電話を持たない。名刺もない。あるのはいきつけのBARのロゴと電話番号が書かれたカードだけ。故に彼は人前に出るときは「探偵」という職業の「俺」としてふるまう。見た目は北海道のスター・大泉洋似であるが、タフでクールでハードボイルド。か、どうかはともかく、少なくとも本人は、そこを目指してる。北海道は札幌の、日本でも指折りの歓楽街・すすきのを根城にする探偵「俺」は、ダーティな仕事にも首をつっこむ。ゆえに、命の危険にさらされることもまれじゃない。大学生で空手の師範で「出来ることなら1日中寝ていたい」が信条の助手の高田(松田龍平)とともに、そんな細い綱を渡って生きている。
「俺」の「映画」は始まっているか - 虚馬ダイアリー


 さて、タンバニ*1のシリーズ2作目である。
 その愛すべきキャラクターたちと、完成された世界観で世の映画ファンから多くの支持を獲得した東直巳の「ススキノ探偵」シリーズ映画化第2弾。第1作は2011年映画ベストの4位に入れるくらい好きな映画である。


 物語は探偵が懇意にしてる、ひとりのオカマバーに勤める男の死から始まる。
 源氏名・マサコちゃんは、ほんの手慰み程度で客の前でおっかなびっくり出す程度から始まった趣味の手品を、店の看板になるまで腕を極めた、マジシャンである。めきめき腕を上げた「彼女」は誰に背中を押されたのか、マジックコンテストにエントリーして、東北・北海道ブロック代表として全国優勝を勝ち取った。その2日後。「彼女」は殺される。
 警察の捜査は遅々として進まず、3ヶ月が経過。世間も事件から興味を失い、探偵も「あるビョーキ」にかかってしばらく事件を忘れていて、仕事にも手が付かない状況が続く。そして3ヶ月後、金も底をついて「ビョーキ」は去り、仕事復帰して事件の行方を追い始めるのだが、事件を巡る様相は一変していた。マサコちゃんの死には、ある大物政治家が深く関わっているらしく、まさに事件は闇に葬られようとしていた。
 そんな中、探偵は1人の女性(尾野真千子)と出会う。彼女はマサコちゃんがファンであったバイオリニストで、マサコちゃんの死の真相を追っていた。探偵は仕事して彼女の代わりに調査する「依頼」を引き受け、事件の真相へと踏み込んでいく。


 この「シリーズ」、やっぱりおもしろいな、と思う。
 その面白さはやはり大泉洋によるものが大きいと思う。この映画は大半が、<探偵>のモノローグで構成されている。探偵本人によるナレーションは、まさしく<探偵>が「こう見られたい」という自意識が如実ににじみ出る。大人で、かっこよく、ハードボイルド。大泉洋は「レイトン教授」ばりの「いい声」でそんな自分をモノローグで語る。
 しかし、その「実像」は「大泉洋」である。普段の彼は三枚目もいいとこ。荒事も多い仕事の中で鍛え上げられた細マッチョないい肉体をしているが、そこに大泉洋の顔が乗るだけで、「かっこよさ」の中に「おかしさ」がプラスされる。オトナになんてなりきれないし、クールに決めるほど割り切れない。情に流され、女にほだされ、人生に迷い、なにより彼は探偵として「無能」ではないが、「名探偵」と言えるほどの「天才」でもない。見込みで調査して暴走して痛い目に遭うことも、他の人間に迷惑をかけることもザラである。
 そんな、探偵の<こう見られたい自分>と<実際の姿>のズレこそが、この映画の「味」である。そして、そんな「はぐれ者」で「ダメなオトナ」であるからこそ、彼は性的マイノリティーであるマサコちゃんの笑顔の下に隠された人生、そして死の真相へと傾倒していくのである。


 この映画の「謎」もまた、探偵の「誤解」に「思い込み」や「見込み違い」が生み出している側面がある。マサコちゃんの生い立ち。気鋭の政治家とマサコの過去と、それをもみ消そうとする人々。一見、複雑に絡み合っているように見える事件。しかし、その真相はあまりにシンプルでやるせないものであった。


 探偵は「無力」である。せめて守れるのは「依頼人」だけだ。そのことを誰よりも探偵が知っている。それでも、探偵は前を向く。
 かっちり作られた世界観、あふれるサービス精神と、適度なゆるさの中に染みる「ダメなオトナ」の哀感。それらをゆったりと包み込むのは、大泉洋という存在の「おかしさ」なのだと思うのである。そして、俺はそんな探偵が、この映画が大好きなのだ。(★★★★)

*1:探偵はBARにいる」の個人的略称。みんな使おう!