虚馬ダイアリー

「窓の外」のブログ

「探偵はBARにいる」

toshi202011-09-13

監督 - 橋本一
脚本 - 古沢良太須藤泰司
原作 - 東直己



「いい『映画』を見な!感想聞けないのが残念だがな!」


 探偵に名はない。「俺」である。
 彼は携帯電話を持たない。名刺もない。あるのはいきつけのBARのロゴと電話番号が書かれたカードだけ。故に彼は人前に出るときは「探偵」という職業の「俺」としてふるまう。見た目は北海道のスター・大泉洋似であるが、タフでクールでハードボイルド。か、どうかはともかく、少なくとも本人は、そこを目指してる。北海道は札幌の、日本でも指折りの歓楽街・すすきのを根城にする探偵「俺」は、ダーティな仕事にも首をつっこむ。ゆえに、命の危険にさらされることもまれじゃない。大学生で空手の師範で「出来ることなら1日中寝ていたい」が信条の助手の高田(松田龍平)とともに、そんな細い綱を渡って生きている。
 そんな彼が気がつけば、だだっぴろい雪原で生き埋めになっているところを、命からがら脱出する姿を見せることになる。きっかけは、彼が依頼を受けるときに使う、いきつけのBAR「ケラー・オオハタ」にある黒電話に、「コンドウキョウコ」を名乗る女から1本の電話がかかってきたことだった。



 さて。
 大泉洋が「北海道のスター」と言われているゆえんはおそらく、どんな作品に出ても、役柄の人物を壊すことなく、しかし必ず「大泉洋」としてスクリーンに映るからじゃないか、と思う。以前「茄子」という黒田硫黄の傑作漫画がOVA化された時、彼は主役のペペ・ベネンヘリというキャラクターを演じているが、彼が演じると、キャラクターの方が大泉洋に近づいていく。「茄子」の2作目「スーツケースの渡り鳥」なんか完全に、ペペは大泉洋そのものになっていくのである。アニメでさえ、自分のキャラクターとして取り込んでしまう。それが大泉洋という俳優の、隠された引きの強さである。
 この映画で、「すすきのは俺のホームタウン」とうそぶく探偵の「俺」もまた、気がつけば「北海道の顔」大泉洋になっている。そして大泉洋もまた、「俺」になる。演じることと存在することが相半ば。それが大泉洋の天性と言ってもいい。
 つまりこの映画は、そんな俳優・大泉洋が本来持つ「スター性」が存分に堪能できる作品である。


 ひょうひょうとしているようで、芯はずぶとい。クールを気取るが、気付けば情に流されてる。荒事もするし、ダーティな仕事だって引き受ける、だけど、電話の向こうの女に恋しちゃう純情も併せ持つ。プロとして生きることを信条としながら、プロとしての冷静さはつい失っちゃう稚気は抜けない。
 オトナを気取っても、どこかオトナになりきれない。だからこそ、気がつけば、事件の闇にとことん首をつっこんでしまう。そんな探偵を大泉洋が演じる。これが期待できないはずがない。そして、期待以上の成果だった。
 助手の高田を演じる松田龍平の、適度に力の抜けた妙演も手伝って、絶妙の掛け合いを見せて、まずは重畳である。


 さてスタッフは、東映生え抜きの橋本一監督、脚本は今や当代きっての売れっ子になりつつある古沢良太に、ドラマ「相棒」の初期シリーズのプロデューサーだった須藤泰司と、「相棒」シリーズにまつわるスタッフが集結した格好だが、映画としてのルックはかなりしっかりしていて、アクションも予想以上にハードでかっちりつくってあり、見せ場としてしっかり通用する。
 なにより、彼らが「相棒」に関わってきただけあり、キャラクター造形が初めからかなりきっちり作り込んであって、主人公の探偵と助手のコンビから脇にいたるまで、手を抜いていない。1作目にして、シリーズ化にも耐えうる世界観を構築していることに驚かされた。
 物語のキーマンのヤクザを演じる高嶋政伸は、正直、しばらく本人だとわからないくらいの作り込みで、殺しも厭わないヤクザを嬉々として演じていて、かなり個人的評価を改めさせられたし、困窮から息子を売ってヤクザと取引するまで追い詰められた哀れな元炭坑労働者を演じる有薗芳記には、胸をしめつさせられた。


 そして。この映画の主人公は探偵コンビ以外にもうひとりいる。「探偵」が事件を追ううちに、深く関わることになる、小雪演じる「沙織」である。
 この映画は「大泉洋」を堪能する映画であるとともに、「小雪」を堪能する映画でもある。ミステリーのキーマンであるがゆえに、詳しいことは書けないが、俺が知る中で彼女のベストアクトであることは間違いない。彼女目当てで木戸銭払っても決して損はしない、と断言できる。


 この映画の作中で、いまわの際に人がみる人生の「走馬燈」を「映画」に例える台詞があるが、この映画はまさに「ひとりの人間」の「映画」を映し出す。「俺」の「映画」はまだ始まっていないが、この映画のなかでは「誰か」の「映画」は始まっている。観客はその「映画」を最後まで見届けることになる。
 物語の基本はハードな物語だが、決してユーモアを失わず、独特の世界観を構築するプログラムピクチャーとして、シリーズ化を待望せずにはおれない、愛すべき秀作に仕上がっています。大好き。(★★★★)