虚馬ダイアリー

「窓の外」のブログ

「シムソンズ」

toshi202006-02-26

監督:佐藤祐市 脚本:大野敏哉
公式サイト:http://www.sim-sons.com/


 北海道常呂町。彼女いわく、ここにはたまねぎとホタテくらいしか名物がない。ここにはなにもないが、あたしにもなにもない、だけど平凡な人生はいや、でも辛いのもいや、楽しくやりたい。そんな無気力だけど妙に明るくのらりくらりと生きる女子高生であった和子が、地元のヒーローで彼女の唯一の憧れの男性であったカーリング選手(田中圭)から、「スラムダンク」よろしく「カーリングチーム、つくりませんか?」と言われて、その気になって、親友の史江、クラスメートの菜摘を誘って作ってみたのであった。


 ・・・というのが、物語の発端。


 で。いきなりこういうバラしもなんだが、もうトリノオリンピックを見ていた方にはおなじみになってしまい、隠し立てするの野暮なので言ってしまえば、この映画は、そのオリンピックでの日本代表選手たちの実話を元にした、青春スポーツものである。
 しかしまあ、実話とはいえ、そのまんまやると生臭くなる。ゆえにかなり脚色されてるというか、実話系な色を出そうという色気を消している。
 つまり、この映画、娯楽映画志向なんである。
 いい具合にマイナーで、知る人ぞ知る話であるがゆえに可能な自由度が、逆にこの映画の武器。それをきちんと作る側が心得ているのが素晴らしい*1。種目はマイナーでも、ベタもいいところの直球ど真ん中の青春ものである。


 しかし、それでも、そのベタさも突き詰めれば、映画は輝く。


 まいった。面白かった。素晴らしかった。


 まずね。なんと言ってもチームを始める言いだしっぺの主人公・和子を演じる加藤ローサがね。いいんだよ。
 和子のその「かるーい」感じと、いざとなったら一途に突っ走るリーダー的資質を見事に違和感なく両立させつつ演じてみせて見事。こういう役って、なかなかこう自然にいかないんだけど、ピタっと決まった感じがあった。
 チームメイトの3人もいい。和子の親友を演じる星井七瀬や、地味系メガネっ子を演じる高橋真唯など、主役張っても十分な二人が一歩引きつつも魅力的に演じ、かつてカーリングの天才少女と呼ばれながらチームメイトとなかなかなじめずはじき出された美希を演じる藤井美菜の、壮大なデレへとむかう「ツン」っぷりもなかなかに悪くない。


 きっかけはかるーい感じで始まったが、当然のことながら即席素人チームじゃなかなかうまくはいかない。しかし、1点も取れない悔しさと、田舎の女子高生に待つせちがらい将来と人生の春が短い現実。せめて、せめてその短い春を悔いなく終わらせるためにも、カーリングで1点だけでも取りたい、という覚悟が彼女たちのカーリング熱をかき立てる、という青春の陰影もきっちり押さえている。


 そしてもうひとつ。すばらしいのが、コーチの大宮演じる大泉洋。この映画の裏主人公は彼なんである。彼は明るいがスケベでお金に汚く、今は漁師で生計をたてながら一人息子を男手ひとつで育てている、彼女らからみれば、「うちらの町によくいるおっさん」の一人だが、かつてはカーリングの代表選手だった。そして今は、かつてのチームメイトからは「常呂の恥」とののしられている。

 さえないおっさんが実は・・・というのも定石ではあるのだが、そのかつての仲間に罵倒されている理由ってのが・・・ちきしょう。泣かせるいい話で。
 腕が強くて度胸がよくて、生まれついてのお人好し。世間じゃそれを馬鹿という。馬鹿は死ななきゃ・・・って森の石松じゃないが、カーリング選手にとって、勝ち負けよりも大事なものを、大宮はそのバカ正直すぎるほどの生真面目さで守り通し、その結果、彼はチームメイトから総スカンを食い、人生の歯車は崩れ去った。それでも彼はその結果を受け入れ、カーリング選手としての誇りを胸にカーリングを捨てた。
 そして、そんなバカ正直で憎めない男を大泉洋独特の存在感で見事に体現し、その過去を知ったシムソンズカーリング選手としての意識を覚醒させる、という構成は、唸った。


 群像劇、ってわけでもないのに、脇役も個性的かつ印象的。ベテランコーチで氷を張るアイスメーカー・夏八木勲や、和子の母で服飾店経営、いつも明るい森下愛子シムソンズを取材対象として影からおっかける松重豊山本浩二などのキャスティングも完璧。特に松重豊はいいね。周りが喜んでいる中で、肝心なところでプロフェッショナルな態度を崩さないところは、ちょっとしびれた。


 実話系だと「リアル」志向になっちゃうもんだが、この映画はあえて「娯楽映画」にシフトし、「物語」としての練度を高めることで、結果映画としての質を高めることに成功している。軽さと重さの配分も素晴らしく、なにより、女の子をかわいく撮れてるのがいいやね。
 というわけで、この手の「ウォーターボーイズ」から続く実話系スポ根としては、大収穫といえる、充実の一本である。見ても損なし!の秀作。(★★★★)

*1:と思ったら、監督、テレビ版「ウォーターボーイズ」の演出やってた人なのな。どおりでなー。