虚馬ダイアリー

「窓の外」のブログ

「ロード・オブ・ウォー」

toshi202005-12-17


原題:Lord of War
監督・脚本:アンドリュー・ニコル



「わたしの扱う品物は心。人間の心でございます。」(喪黒福造「笑ウせぇるすまん」)




 必要とされているから彼らはいた。忌み嫌われながらも、彼らは今も、この世界のどこかで売り続けている。


 人を殺す道具を。


 描かれるは善悪の狭間で生きる、一人の男の乾いた世界の風景である。



 アンドリュー・ニコル監督の作品はあまり好きになったことはない。この人は今まで、どちらかというとSFを好んで描いてきた人だ。彼はどこか世界を矮小に捉えるところがあって、言ってみれば、「この世ってこんなもんよね。」という嫌らしい諦観のようなものがある。まあ、そういうとらえ方はアリだとは思うのだが、どうもこの人の世界の描き方には、いささか描くべき対象への語り口がドライすぎて情がない感じがしていた。「トゥルーマン・ショウ」も「シモーヌ」もSFとして着想は優れているのに、描くべき人間の血肉が通わないがゆえに、心揺さぶらない。
 だが、本作に関していうなれば、その血肉が通らない感じこそが正解だったのかもしれない。彼のドライな世界の見方が、武器商人ユーリ・オルコフの世界観と奇妙な同調を始めるのである。


 その男・ユーリー・オルロフはソ連崩壊以前のウクライナで生を受け、少年時代にアメリカに移住してきた家庭で生まれ育った男。レストランで偶然銃撃戦に遭遇したことで、この「業界」に足を踏み入れる決意をし、一山あてようと米軍が戦地に置いてきた重火器を交戦国に無差別にリサイクルすることで富を得てきた男が、やがて、冷戦構造の崩壊から、長きにわたる兵器開発でバブリーに膨れあがった武器を社会主義国から買い取って他国で売る。彼の「営業対象」は「救世軍」を除くすべての国。アメリカ友好国に限らず、中東、アフリカなどの独裁政権や反米組織にも平気で兵器を横流し。巨万の富を得る。彼は言う。「武器売買に政治は無用」と。だから、彼の売った兵器で米兵が死ぬこともある。当然。


 この映画は大物武器商人の数人を取材、リサーチし、実際に起こった出来事を基に一人の武器商人の男の一代記を紡いでいく物語だ。男の生い立ち、才能、そしてやりくちをリアルに語りながらも、のしあがっていく姿は妙に小気味いいのである。彼は言ってみれば、優秀な「セールスマン」としての資質を持った男なのだ。ただ、彼の場合、扱ったものが非人間的な代物だったに過ぎない。彼は言う。「戦争で稼いでいるが、人が死なずに済めばいいと思っている。」
 これ、本気で言っているのだ。ゆえに彼は「天才」なのだ。この「世界」では。


 この映画のすごいところは、武器商人としてのやりくちを描きながらも、それを告発する、という風には描かずに一人の武器商人の独白として描いていくところで。こういう発想って、実はなかなかできないものだ。非人間的すぎて。
 アンドリュー・ニコルはインタビューなどで武器商人を「憎むべきもの」である、と答えているが、俺からすると、彼の映画の中でユーリーほど魅力的な人物はいない。つまり、作り手の心情はむしろ、武器商人としての彼に寄り添っているんである。
 


 そんな彼にも大事なものがある。両親、弟、そして妻子である。もちろん彼は、この仕事を右腕である弟を除く家族に明かすことはない。彼は家族を心から愛していた。だが、彼の素性が、家族に知れるときがやってくる。そのとき、彼は一度、武器商人から足を洗おうとするが、しかし、彼の手腕と人脈を、世界は放っておいてはくれなかった。
 ユーリーは確信している。「武器商人」は俺の「才能」だと。彼は世界にいるよすがは「武器を売る」自分なのだ。「武器を売る、故に我あり。」そうしなければ、彼が彼自身ではなくなってしまうかのように。そして、その才能は・・・なによりも大事なのだ。たとえ、家族よりも。


 主人公は、あまりにも深い「業」を背負っている。弟を破滅させ、妻子は去っていき、両親は彼と絶縁を宣言。それでも、だからこそ、彼は「才能」をよすがに世界を渡る。
 アンドリュー・ニコルは、こういうくそったれな「リアル」を虚構を交えて描きつつも、こういう世界を変えていこうぜ、などとは言わない。たとえ家族が俺を必要としてくれなくても、おまえらのいるこの世界は、「俺」を必要としているんだぜ!と、武器商人ユーリーに叫ばせてしまう。そうすることで、アンドリュー・ニコル独特の「世界ってこんなもんじゃね?」な諦観と相まって、この映画で描かれたすべてが奇妙にリアルな現状認識として浮かび上がってくる。それが恐ろしい。


 「意志あるところ武器あり。」


 人の心はいまだ、愚かで、哀しい。そんな心のスキマを狙って、資本主義の究極の姿たる彼らは、今も世界を飛び回っている。くやしいけれど、それは、世界の現実だ。一人の武器商人の目線から世界を眺め、虚構とリアルの狭間で狂いゆく現代世界を浮き彫りにしたアンドリュー・ニコルの最高傑作。必見。(★★★★★)


公式サイト:http://www.lord-of-war.jp/