虚馬ダイアリー

「窓の外」のブログ

「蝉しぐれ」

toshi202005-10-19


監督・脚本:黒土三男 原作:藤沢周平


 下級武士の悲哀の描写に定評がある藤沢作品。それを15年間映画化を熱望していたそうである。長渕映画界の巨匠・黒土三男が。で、その映画を見ました。


 うー…ん。黒土三男の不幸があったとすれば、その15年の間に山田洋次が、藤沢原作映画を撮ってしまったことにあると思う。


 藤沢周平の生み出した江戸時代末期の東北の藩、海坂藩は架空の存在であり、リアルでありながらもそれはあくまで、「ファンタジー」なんだが、その「世界」を山田洋次が完璧にものにしてしまった。
 で、その「海坂藩もの」である「蝉しぐれ」を映画化するわけである。言ってみれば、ピーター・ジャクソンの「LOTR」の後に、中つ国ものを撮れって位、無謀。でも、15年望み続けた映画化をあきらめきれない黒土監督は、おそらくものすごい執念で企画の成立にこぎつけた。そして、黒土三男の意思と言うよりは、市場的な要請から「リアル路線」の演出で映画化していったんだろうと思う。確かに、意気込みは感じる。とにかく、ロケーションはバッチリ。


 揺れる林、さざなみ光る川、きらめく稲。家々の存在感もいい。それらがスクリーンに綺麗に映える。

 風景の美しさはさすが、といえる。ところが、演出がまったく追いつかない。美麗な風景に物語と人が負けてる。


 特に主人公とヒロインの子供時代を描く前半の退屈さが尋常じゃない。この前半部は、物語上ではすごく重要で、ここをしっかり描かないと、後半の展開が生きないのだが、初手からつまずいてしまってる。特に子役の拙さは想像以上で、少々愕然とする。いや、子役が拙いのは当たり前なのだ。しかしそれでも、作り手が子役に物語に重要な役どころを振った以上、自分の意思をしっかり通しておかなければ、映画自体が成立しないし、なにより、後半、主人公とヒロインに待ち受ける運命につながらなくなってしまう。子役の拙さに演出側が身を任せてしまってさえいるとするなら、その愚を作り手がわかってないのではないか。結果的に、リアルな風景で学芸会やってるようなシーンが、だらだらと続いてしまっている。
 前半部があまりに退屈すぎて、逆に後半部でやや持ち直す感じなんだけど、それでも演出の上滑りっぷりは止まらない。殺陣も演出の通俗に過ぎて、リアルな背景に負けてるし、結局描くべきものを前半部で提示できなかったのが、後半響いてしまった。それでは、せっかく主人公に市川染五郎を配しても、ぞれが生きない。せっかくの情感的なラストがさしたる感興も起こさないのはもったいない。残念。


 風景以外に誉める点があるとするなら、木村佳乃かな。俺の予想をはるかに超えて、いい女優だったんだなと実感する。時代劇でここまでぴしっとした美しさを出せる女優だったとは。だからこそ、余計に前半の子役から後半の彼女につながらなくなっちゃったんだけど。あと、ふかわりょうは今後時代劇のサブで使えそうな面白い人材じゃないかと思った。

 リアル路線の作品に演出力が伴わないと、思い入れもいい人材も持ち腐れになってしまう、ということだろうか。(★★)


公式サイト:http://www.semishigure.jp/