虚馬ダイアリー

「窓の外」のブログ

「メゾン・ド・ヒミコ」

toshi202005-10-22

監督:犬童一心 脚本:渡辺あや


 気がつくとあたしは、ひとりだった。もうずっと。そしてこれからも。


 父が突然、「ある理由」で会社を辞め、あたしたち家族を捨てたあの日。そのときから、あたしの境遇は決まっていたのかもしれない。女手ひとつであたしをそだてた母は、がんであっさりとこの世を去った。残ったのは、がんの治療で方々から借りまくった借金だけ。地方の中小企業のOLじゃ永遠に返せない。

 ある日、いつものようにバイト雑誌を手繰っていたところ、ひとりの男があたしの会社に訪れた。目的は知っている。あたしたちを捨てた、あの男からの使者だ。もう末期がんで後がないから会いたいという。いい気味だ。会うのをつっぱねると、彼は譲歩案を出してきた。「週1日雑用のバイトとしてきてくれ」と。冗談じゃない。たかだか1日3万円ぽっちで誰が・・・。


 日曜日。あたしは、彼に指定された場所にいた。そこは・・・ゲイのための老人ホームだった。


 というわけで、ようやっと見たジョゼ虎コンビの最新作は「消え往くものの一瞬の生」「抑圧され解放される性」「消え往くものを見届ける若人」と、犬童ワールドの真骨頂がすべて入ったような映画だった。ゲイ道のために妻子を捨てた男。そして捨てられた娘。二人が、再会し、物語は動き出す。
 不幸せを絵に描いたような顔をした女を柴崎コウが演じるってのはいくらなんでも、ダメ押ししすぎだろっつーかかわいそうを通り越してちとこわい *1、とか思うんだけど、常にすっぴんで仏頂面さげて画面に映りつづける彼女の「男気」が、楽しげに明るく過ごすゲイ&ニューハーフ老人軍団との絶妙の対比になってるあたりが面白い。「抑圧」されてきたものたち特有のあけっぴろげに明るい老人たちの生&性に触発されて、少しずつ変わっていく姿を、あくまでも丁寧に描いていく。
 それでも、そこは犬童映画。少しずつ、死と崩壊の予兆は忍び寄っている。老人ホーム「メゾン・ド・ヒミコ」も、パトロンの凋落で経済的に追いつめられ、死にゆく「女王」卑弥呼とともに「世界」はゆっくり閉じていく。 


 死にゆくものエロス。「生の輝き」の向こうに見える「終わり」の予感。こういうのを描かせると本当に、このコンビはうまい。横浜のダンスホールで老人と若人が楽しげに「また逢う日まで」のリミックスで踊るシーン。俺、そこで泣いた。こういうとこで泣かせるあたりが、さすがである。
 卑弥呼が作り上げた世界に引き寄せられた人間たちの、それぞれの人生模様。だが、寄る辺なき彼らには結局女王亡き世界を生きるほかない。看取る若人を手にした彼らは、幸せかもしれない。だが、世界は不安定な色を隠さぬまま終わる。人生はハッピーエンドなんて、ない。不幸と幸せを折り合って生きていくしか、ないのである。(★★★★)


公式ページ:http://himiko-movie.com/

*1:リリーという老人にブスを連呼される役どころなんだけど、本当にだんだんそう見え・・・すいません。ごめんなさい。