虚馬ダイアリー

「窓の外」のブログ

「白鯨との闘い」

toshi202016-01-20

原題:In the Heart of the Sea
監督:ロン・ハワード
脚本:チャールズ・レーヴィット


 とある捕鯨する男たちについての映画である。


 日本では、鯨と言えば一匹取ればその村で1年暮らせるほどで「使えないところはない」と言われるほど、あらゆる用途にしようする訳であるが、欧米で「捕鯨」と言えば、石油なき時代に、鯨から取れる油「鯨油」を取るためであった。びっくりすることに、本当に鯨の肉には興味が無く「油」を取ったら鯨は放置する、という有様であったというから、日本人からすると鯨油目的の捕鯨なんてのは「嘘でしょ・・・?(鯨肉食わないの?もったいねえ!)」と思うし、欧米人からすれば日本の捕鯨は「嘘でしょ?(鯨の肉食うの?野蛮すぎでしょ。)となる。
 そういう意味では、文化というのはある意味、地域によって誠に異なることである。特に「肉を食う/食わない」というのはね。


 海に出る。ということは当然のことながら、寄る辺なき「陸がない場所」へ行くという事である。


白鯨 上 (岩波文庫)

白鯨 上 (岩波文庫)


 この映画は「白鯨」の作者となるハーマン・メルヴィルが、鯨油産業華やかなりし頃に起こった、捕鯨船エセックス号が起こした海難事故について、唯一の生存者に話を聞きに来るところから始まる。


 時は1918年。捕鯨で身を立てようと奮闘してきた野心的なベテラン一等航海士・オーウェンチェイスは、船長なる約束を反故にされ、家柄だけで船長の座を海に出た経験のないジョージ・ポラードにかっさらわれて怒り心頭であった。長年「よそ者」と言われ続けたチェイスにとって、捕鯨船の船長になることは人生の大目標であり、街で認められることでもあった。次こそは船長になる。底意地の悪い船主たちから念書も取った。今度の航海を成功させて、必ず船長になると決めている。
 一方の船長、ジョージ・ポラードは家柄だけで選ばれたこと自体にコンプレックスを感じているし、チェイスへの劣等感を隠しきれずにいる。この2人による航海はやがて、2人の間に決定的な溝となって表れる。そして、1年あまりの航海で、鯨油は驚くほど獲れていなかった。鯨が見つからない。鯨油の為に乱獲された鯨は、その数を大きく減らしていたせいかもしれないが、それはわからない。
 とにかく鯨油を獲って帰らねばならぬ。ポラード船長も、チェイス一等航海士も焦っている。航海後の彼らの人生が懸かっているからだ。そして彼らは賭けに出る。とある港で得たうわさを頼りに、陸地から遠く離れた海洋まで出て鯨を探すことを。そして、苦難の末に、ついに彼らは鯨の群れを発見する。色めき立つ一行。嬉々としてボートを駆り出して、鯨の捕獲に掛かった。
 だが、この時の彼らは気付いていなかった。この事がまさか、あんな恐ろしい事態を招くことになる事を・・・。



 ・・・いやマジで、びっくりしたのはさ、タイトルが「白鯨との闘い」というから、モビー・ディックな鯨との恐るべき死闘がメインだと思うじゃんか。


 そうじゃないんだな。むしろそこからが、この映画の本題。
 この話をメルヴィルが生存者の爺さんに話を聴いてるのが事故から数十年経っていて、ちょうどアメリカ大陸でも石油が発見されて鯨油に取って代わるエネルギー事情の転換期という皮肉もさることながら、街頭を明るくするエネルギー資源のために鯨が乱獲されるのと同じくらい、人間側にも寄る辺なき悲劇が起きうるという、この皮肉な展開はね、まさにちょっとびっくりするわけです。
 エセックス号が不運だったのは、鯨がちょうど捕り尽くされた狭間であったことと、彼らには被雇用者として、雇用者である船主たちから課せられたノルマがあって、それをクリアしない事には船乗りとしての査定に響いてくるという、せちがらい理由からリスクある決断した事。そして、その結果出会ったのが、乱獲の海を生き抜いた白い化け物であったことである。
 陸から遠く離れ、鯨に船を壊された彼らに待っていたのは、死よりもつらい漂流であった。そこで彼らが見た「地獄」と、生き抜くために犯したある「決断」こそが、この映画の隠された主題である。
 その地獄の前では、「鯨の肉を食う/食わない」なんて事はね、本当にささいな違いなのだということをこの映画を見て思い知らされるわけである。


 海へ出ることは浪漫として語られがちだ。だが、そのリスクを引っかぶった時、人間に待っているのは「人間が如何に海に生きるに適してない生き物であるか」という、あまりに非情な現実である。そのトラウマを長く引きずったまま生きた男と、傑作をモノにしながら生前に評価されずに悲劇的な人生を送る作家の出会いは、まさに海と鯨に魅せられたものの皮肉な出会いとも言えるのかもしれないのである。思っていた以上につらい映画であった。(★★★☆)